1. 問題の立て方
曹操(155–220)の血は、1800 年後の日本人である我々に届いているのか。本稿は、この問いを「父母を問わず全祖先を対象に」確率的に評価する。扱うのは“系譜的祖先”の存在確率であり、特定の遺伝子断片の検出可能性ではない。
2. 祖先数の膨張と重複
1 人に対して必ず父と母がいる。2 世代前には 4 人、10 世代前でおよそ 1000 人、30 世代(約 900 年前)で 10 億を超える。60 世代(約 1800 年前)にさかのぼると、理論上の祖先数は数兆単位となり、当時の人類人口(数億)をはるかに超える。結果として、遠い時代の祖先は多数の人々で共有される。三国志の時代の人物であれば、その血は東アジアの広範囲に拡散していて不思議ではない。
3. 東アジアにおける血のネットワーク
弥生時代から近世に至るまで、日本列島と大陸の間では断続的な人口移動があった。弥生人の大部分は大陸・朝鮮半島由来であり、その後も僧侶、学者、商人、職人などの往来が続いた。この 1800 年の連続した交流により、大陸系の家系は繰り返し列島へ取り込まれてきた。
4. 曹操血統の拡散
曹操には少なくとも 25 人の男子がいた。仮に 1 代あたり平均 2 人の子が生き残り、60 代続いたとすれば、理論上の子孫数は天文学的規模になる。実際には淘汰と重複があるためもっと少ないが、現代中国の人口規模を考慮すれば、曹操の血を「 1 滴でも」引く人は 0.1〜数%程度存在すると見て妥当である。この割合を以下、変数 q(大陸側の曹操血統比率)と呼ぶ。
5. 日本側の取り込み量
弥生期以降、日本の祖先のうち 80〜90 %が大陸系に由来するとされる。その後の渡来・帰化・婚姻を含めると、一人の日本人が持つ「独立した大陸由来の祖先ライン」は数十〜数百本に及ぶ。これを変数 K とする。
6. 基本モデル
「大陸の人のうち q が曹操子孫であり、日本人の祖先に K 本の大陸ラインがある」と仮定すると、そのうち 1 本でも曹操の系譜である確率 P は次式で表される。
P = 1 − (1 − q)K
1−q は「曹操の系譜でない確率」。それが K 本すべてに当てはまらない(少なくとも 1 本が曹操系)のが P である。
7. 感度分析(代表値)
| 仮定 | q(曹操血統比率) | K(大陸ライン数) | P(曹操の血を含む確率) |
|---|---|---|---|
| 下限(保守) | 0.1% | 50 | 約 5% |
| 中庸(妥当) | 1% | 150 | 約 78% |
| 上限(拡散大) | 5〜10% | 200〜300 | 99〜100% |
8. 解釈
- 父系 Y 染色体や母系ミトコンドリアで曹操と一致する確率は極小。一本の直系だけを追うため、途絶えれば消える。
- オートソーム(父母両系)で見れば、系譜の枝が指数的に広がるため、曹操を祖先に含む確率は非常に高くなる。
- DNA の痕跡はほとんど残らなくても、系譜上の祖先としては存在し得る。
9. 結論
曹操の血統は中国全土に広く拡散している。日本列島は古代から大陸と連続した血のネットワークを持つ。よって、全祖先を対象にすれば、曹操の血を「 1 滴でも」含む日本人は少なくとも数%、現実的な仮定では 6〜8 割、条件が重なればほぼ全員に及ぶ。
すなわち――
わたしたちの祖先は、統計的には曹操である。言い換えると、わたしたちは曹操の子孫である。