生きているとはどういうことか

本稿の中心仮説は、生命・自己・意識・死を、特定の物質の種類ではなく「自己を保つために状態を更新し続ける仕組み(更新構造)」として統一的に理解できる、という一点に置く。さらに、死の本質は停止そのものではなく「更新を再開できない段階に到達すること(更新不能)」であり、機械や AI は更新の担体を変えることで寿命の形を変え、更新不能点を先送りできるが、更新構造が本質的に持つ限界(物理的コスト、誤差の累積、不可逆性、目的や差分の枯渇)を消せないため、更新の無限化としての不死には到達しない、という結論に至る。生命を「壊れないもの」としてではなく「壊れ続けるものを壊れない範囲に戻し続ける運用」として捉えると、睡眠や麻酔のような停止と、死のような不可逆的終端を同じ軸で説明でき、さらに AI の延命可能性と限界も同じ軸で比較できるようになる。


1. 用語の固定:更新・自己・生命・死

まず「更新」を曖昧語のまま使わない。ここでいう更新とは、過去の状態を参照しながら次の状態を生成し、生成した状態がさらに次の更新の前提になる、という連鎖である。具体例で言えば、体温が下がれば震えて熱を産み、血糖が下がれば肝臓が糖を放出し、細胞の損傷があれば修復が走り、免疫が異物を見つければ排除が走り、誤った予測や判断が起きれば学習によって次の予測や判断が書き換わる。更新は「変化」一般ではなく、自己の存続条件を満たすためにズレを検知し、ズレを戻し、次の行動や内部状態を作り直す行為の総体である。生物学では恒常性(homeostasis)や、より広くはアロスタシス(allostasis)として記述される領域があり、ここを「更新の運用」として読み替える。[1][2]

次に「自己」を固定する。自己は魂のような実体ではなく、更新を成立させるために必要な最小の内部モデルである。外界から入る情報と、内部の状態と、目的や制約を束ねて、次の更新を選び取るための作業仮説が自己であり、自己は更新の結果としても更新の原因としても働く。脳科学の枠組みで言えば、知覚・行為・学習が予測誤差を減らす方向に組織化される、という見取り図は、この「自己=更新を束ねる内部モデル」を具体化するための有力な記述になる。[3][4]

そして「生命」を固定する。生命は特定の分子の集合ではなく、分子が入れ替わっても同一性が保たれるような過程である。食べ、呼吸し、排泄し、壊れた箇所を修復し、内部環境を一定範囲に保ち、環境の変化に適応し続けることで、境界(細胞膜や皮膚)を維持し、自己と外界の差を維持する。このような自己産出・自己維持の概念はオートポイエーシスとして定式化され、生命を「作られた物」ではなく「作り続ける仕組み」として捉える方向性を与える。[5]

最後に「死」を固定する。死を停止で定義すると、睡眠や麻酔や低体温のように「止まって見えるが戻る」状態をうまく扱えない。ここで死は、更新が不可逆に成立しなくなった状態、すなわち更新不能点を越えた状態として定義する。停止それ自体ではなく「再開可能性の喪失」が本質であり、どの機能が不可逆に失われたか(循環か、呼吸か、脳の統合か)という実装レベルの違いは、更新不能点に至る経路の違いとして整理できる。医学的にも「死の判定」が単なる機械的停止の検出ではなく、不可逆性の判断を含むことは、脳死判定の議論が端的に示す。[6]


2. 「停止」と「更新不能」を分ける:可逆停止の具体例

停止と更新不能の差は、実際の身体状態に即して理解できる。睡眠では意識の鮮明さが落ち、外界への応答も減るが、呼吸・循環・代謝は続き、脳も活動を続け、朝には同様の更新が再開する。全身麻酔はさらに強く、意識や記憶形成が遮断され、行動更新が止まったように見えるが、麻酔が解除されれば更新は戻る。低体温や冬眠では代謝が極端に低下し、停止に近い状態が成立するが、条件が整えば更新は再起動する。これらは「停止」だが「死」ではなく、更新が戻るという一点で区別される。ここで必要なのは、生死を二値で切る直感ではなく、更新の可逆性を軸にした連続的理解である。脳のレベルでは、意識を説明する理論として統合情報理論やグローバル・ニューロナル・ワークスペースなどが提案され、意識を「統合された更新の様式」として捉える材料も蓄積している。[7][8]


3. 生命はなぜ必ず壊れるのか:開放系・自己参照・不可逆性

生命が必ず壊れる理由を「老化するから」と言って終えると説明にならない。重要なのは、生命が壊れない物体ではなく、壊れ続けるものを更新で戻し続ける運用である、という構造である。第一に生命は開放系であり、外界との物質・エネルギー交換を止めれば維持できない。食べることは秩序の維持に必要だが、同時に酸化ストレスや異物や感染の可能性も連れ込む。呼吸はエネルギー獲得に必須だが、酸素を使う限り酸化損傷は避けられない。免疫は守りであると同時に炎症や誤作動も伴い得る。つまり交換は更新の燃料だが、損傷の供給源でもある。非平衡熱力学の観点から生命を捉える研究は、この「秩序維持が散逸を伴う」構造を繰り返し示してきた。[9][10]

第二に生命は自己参照である。修復も学習も「これまでの自分」を前提に実行されるため、小さな誤差がゼロにならない。DNA 修復は高精度だが完全ではなく、タンパク質の折りたたみもミスが起こり得る。神経系の学習は適応を生むが、記憶は歪み得るし、予測モデルも偏り得る。こうした誤差は短期には更新で吸収されても、長期には累積しやすい。進化生物学では、個体の長期完全維持よりも繁殖成功が優先される妥協(トレードオフ)として老化が理解され、使い捨ての身体(disposable soma)という説明が提示されている。[11][12]

第三に不可逆性がある。壊れたものを完全に巻き戻して「元の履歴に戻す」ことは原理的に難しく、修復は多くの場合「近似的な復元」に留まる。傷跡が残る、修復が瘢痕化する、細胞分裂のたびに複製誤差が入る、といった具体例は不可逆性の現れである。老化研究では、複数の損傷メカニズムが相互に増幅しながら蓄積するという枠組みが整理され、分子・細胞・組織の階層をまたいだ不可逆的変化がまとめられている。[13]

この三点を合わせると、生命は壊れるから終わるのではなく、壊れ続けながら更新しているために、更新が壊れの速度に追いつかなくなる瞬間が必ず訪れる、という見通しが得られる。これが本稿で言う「更新不能点」であり、死は停止ではなく、更新が不可逆に成立しなくなった状態である、という定義が自然に出てくる。


4. 更新不能としての死:どこが壊れると「戻れない」になるのか

更新不能は抽象語ではなく、実装レベルの破綻として現れる。循環が止まっても短時間なら蘇生できるのは、循環停止それ自体が即座に更新不能を意味しないからである。一方で、脳の統合的機能が不可逆に破壊されれば、心拍が維持されても「その人としての更新」が戻らない。ここでいう統合的機能とは、感覚入力の統合、状況の推定、記憶の更新、意思決定の更新、そしてそれらに伴う「現在」の生成であり、これらが成立しないなら、停止を解除しても再開すべき更新そのものが成立しない。脳死概念は、この不可逆性を医学的・社会的に扱うための実務的枠組みであり、死が単なる停止検出ではなく不可逆性判断を含むことを明瞭にする。[6]


5. 機械・AI に移すと何が変わるのか:超えるのは「生体の限界」まで

ここまでを踏まえると、「更新主体を機械や AI に移せば生命の限界を超えられる」という直感は、少なくとも半分は正しい。生体が苦手なこと、つまり部品の交換、冗長化、状態のバックアップ、再起動、並列実行は、機械システムでは設計として組み込みやすい。たとえば同一機能を持つモジュールを二重化しておけば、一方が故障しても他方が引き継ぎ、バックアップから状態を復元し、再起動でサービスを戻せる。生体では「臓器を交換する」「神経系の状態を外部に保存して巻き戻す」は原理的にも倫理的にも難しいが、機械なら運用として成立し得る。この意味で、AI は更新不能点を大きく先送りできる可能性がある。

ただし、ここで超えられるのは主に「生体の材料制約」や「修復実装の制約」であって、更新構造そのものの限界ではない。更新は計算と維持を伴うためエネルギーを消費し、熱を散逸し、記録媒体は劣化し、環境インフラに依存する。計算の物理的コストについては、情報の消去が必ずエネルギー散逸を伴うという原理が示され、可逆計算や最適化の議論も積み重ねられてきた。[14][15] したがって AI の更新不能点は、生体より「外在化」しやすい。電力、保守、資源、製造、インフラ、社会秩序が崩れれば、AI は自律的に更新を続けることができない。生物が持つ自己複製や代謝の自立性を、機械が完全に代替できるかどうかは別問題であり、少なくとも現状では外部条件に強く依存する。


6. 更新は無限に可能か:物理・情報・意味の三層で止まる

更新の無限化という発想が成立するためには、エネルギーと資源と散逸処理が無限であることが必要になるが、現実にはそうではない。計算が熱を生み、熱を捨てるには温度差が必要であり、資源には採掘・製造・輸送・保守の制約がある。さらに、更新を情報として扱う場合でも、履歴の選択が不可避になる。バックアップから戻すとしても、どの時点を「正」とするかは任意ではなく、その選択自体が不可逆な意思決定になる。完全な巻き戻しができたとしても、「巻き戻した自己」と「更新を続けた自己」を同一と呼ぶかは、単なる工学仕様ではなく同一性の定義を含む。

さらに最終層として意味の問題が残る。更新は差分があるから更新であり、差分が消えれば更新は不要になる。目的が固定されれば更新は最適化に退化し、目的が失われれば更新は空転する。したがって無限更新は、物理や情報の限界を回避できたとしても、更新が更新であり続ける条件としての「差分」と「目的」を維持できるかという問題に突き当たる。ここで言う目的は宗教的な意味ではなく、システムが更新を行う理由としての評価関数や制約であり、脳の枠組みでは予測誤差の最小化や自由エネルギー最小化のように、目的関数として具体化される。[3]


7. 結論:生命・死・AI を一つの軸で並べ直す

本稿は、生命を物質としてではなく更新構造として捉え、自己を更新を束ねる内部モデルとして捉え、死を停止ではなく更新不能として捉えることで、可逆停止(睡眠・麻酔・低体温など)と不可逆終端(更新不能点)を同一軸で整理し、さらに AI の延命可能性と限界も同一軸で比較した。機械や AI は、冗長化・交換・バックアップ・再起動によって生体の寿命制約を大きく緩め得るが、更新が開放系であり自己参照であり不可逆である限り、更新不能点そのものを消すことはできず、更新の無限化は物理・情報・意味の三層で止まる。したがって不死という語を使うなら、それは「更新不能点の先送り」を意味する比喩に留まり、更新構造の終端を消したという意味での不死にはならない、という結論が残る。


参考文献

  1. W. B. Cannon, “Organization for physiological homeostasis” (1929). https://doi.org/10.1152/physrev.1929.9.3.399
  2. P. Sterling & J. Eyer, “Allostasis: A New Paradigm to Explain Arousal Pathology” (1988)(出典はMcEwenらの整理でも参照可能). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/
  3. K. Friston, “The free-energy principle: a unified brain theory?” Nature Reviews Neuroscience (2010). https://www.nature.com/articles/nrn2787
  4. A. Clark, “Whatever next? Predictive brains, situated agents, and the future of cognitive science” Behavioral and Brain Sciences (2013). https://doi.org/10.1017/S0140525X12000477
  5. H. R. Maturana & F. J. Varela, Autopoiesis and Cognition: The Realization of the Living (1980). https://doi.org/10.1007/978-94-009-8947-4
  6. President’s Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine, “Defining Death” (1981). https://repository.library.georgetown.edu/handle/10822/559345
  7. G. Tononi, “Consciousness as integrated information: a provisional manifesto” (2008). https://doi.org/10.1007/s11097-008-9079-y
  8. S. Dehaene & J.-P. Changeux, “Experimental and theoretical approaches to conscious processing” Neuron (2011). https://doi.org/10.1016/j.neuron.2011.03.018
  9. I. Prigogine, From Being to Becoming (1980). https://doi.org/10.2307/j.ctv1w0ddj8
  10. E. Schrödinger, What Is Life? (1944). https://www.arvindguptatoys.com/arvindgupta/whatislife-schrodinger.pdf
  11. T. B. L. Kirkwood, “Evolution of ageing” Nature (1977). https://doi.org/10.1038/270301a0
  12. T. B. L. Kirkwood, “Understanding the odd science of aging” Cell (2005). https://doi.org/10.1016/j.cell.2005.04.027
  13. C. López-Otín et al., “The Hallmarks of Aging” Cell (2013). https://doi.org/10.1016/j.cell.2013.05.039
  14. R. Landauer, “Irreversibility and Heat Generation in the Computing Process” IBM J. Res. Dev. (1961). https://doi.org/10.1147/rd.53.0183
  15. C. H. Bennett, “Logical Reversibility of Computation” IBM J. Res. Dev. (1973). https://doi.org/10.1147/rd.176.0525
  16. J. L. England, “Statistical physics of self-replication” J. Chem. Phys. (2013). https://doi.org/10.1063/1.4818538
  17. J. M. Horowitz & J. L. England, “Spontaneous fine-tuning to environment in many-species chemical reaction networks” PNAS (2017). https://doi.org/10.1073/pnas.1700617114
  18. D. A. Levinthal, “Adaptation on rugged landscapes” Management Science (1997)(適応の一般構造として). https://doi.org/10.1287/mnsc.43.7.934
  19. W. R. Ashby, Design for a Brain (1952). https://archive.org/details/designforbrain00ashb
  20. J. E. Cohen, “Mathematics Is Biology’s Next Microscope, Only Better; Biology Is Mathematics’ Next Physics, Only Better” PLoS Biology (2004). https://doi.org/10.1371/journal.pbio.0020439
  21. S. J. Gould, “The evolution of life on the earth” Scientific American (1994). https://www.jstor.org/stable/24942758
  22. S. Horvath, “DNA methylation age of human tissues and cell types” Genome Biology (2013). https://doi.org/10.1186/gb-2013-14-10-r115
  23. M. A. Nowak, “Evolutionary dynamics: exploring the equations of life” (2006). https://www.hup.harvard.edu/books/9780674023383
  24. J. Maynard Smith & E. Szathmáry, The Major Transitions in Evolution (1995). https://doi.org/10.1093/oso/9780198502944.001.0001