本稿は、以前の記事「ネコは宇宙と交信しているのか」で扱った主題――同じ物理世界を共有していても、生き物ごとに受信できる情報帯域と、出来事として立ち上がる単位と、行為の基準が異なるために、世界の切り出し方(環世界)がズレる――を前提として、その延長線上で、別の有名な言い回し「ネコは液体なのか」を検討する。前稿では、ネコの不可解に見える挙動を超常に還元せず、環世界という枠組みで「どこで情報が欠落し、どこで飛躍が起き、どこで神秘化が生まれるか」を分解した。本稿でも同様に、「液体」という語がどのように理解の飛躍を生み、同時にどのように理解を促進するのかを、順にほどいていく。[1]
もう一つの観点は、バイアスを単なる欠陥として断罪するのではなく、「どの制約下で、どの目的に対して、どの近似として機能しているか」を明示しない限り、評価が空転するという点を中心に据えた。本稿は「ネコ=液体」を、誤りか正解かの二択で処理せず、定義・時間スケール・目的という 3 点を固定してから、どこまでが説明でどこからが恣意(フレーミング)なのかを切り分ける。[2]
結論を先に短く書く。ネコは物質状態として液体ではない。しかし、液体を「分子でできたもの」ではなく「応力や拘束に対する応答様式(レオロジー)」として定義し、観測時間を明示したとき、ネコの振る舞いの一部は液体の性質と同型に記述できる。その同型性は理解の近道として有用だが、同時に恣意性(切り取りの選好)を含む。恣意性は誤りではないが、目的と基準が省略されると誤用を招く。本稿はこの一点を、以前の記事(環世界)と認知バイアスの両方に接続して、丁寧に言語化する。
1. 問題設定:「ネコは液体なのか」は何を問うているのか
「ネコは液体なのか」という問いは、見た目には単純だが、実際には異なるレベルの問いが混ざっている。混ざったまま議論すると、片方の問いに対する回答を、もう片方の問いに誤適用してしまう。ここでまず、問いの型を分離する。
1.1 二つの問いを分離する
| 問いの型 | 対象 | 判断基準 | 典型的な結論 | 混同したときの誤解 |
|---|---|---|---|---|
| 物質状態としての分類 | ネコの身体(構成物質) | 相(固体・液体・気体) | 液体ではない | 比喩を文字通りに扱い、カテゴリ錯誤になる |
| 応答様式としての記述 | ネコの振る舞い(形態の再構成) | 応力・拘束への適応(流動・変形) | 条件付きで液体的 | 定義・時間・目的を省略すると「事実命題」に見える |
以後、本稿は後者――応答様式としての記述――に焦点を当てる。ただし、そのためには「液体とは何か」を、物質分類の一般論ではなく、応答(変形と流動)の言語で定義し直す必要がある。ここが、比喩を単なる言葉遊びから、検討可能な論考へ引き上げる最初の条件になる。
1.2 「液体」という語の効用と危険
「液体」という語は、写真 1 枚で直観を共有できるほど強い。箱や洗面台に収まったネコは、容器に合わせて形が変わったように見える。固体/液体という対比が強烈であるほど、「境界が揺れる」というポイントが印象づけられる。一方で、この強さは誤用の入口でもある。説明の目的が「レオロジーの直観化」なのか、「物質状態の分類」なのかを固定しないまま断言すると、比喩が事実命題に化ける。これは、認知バイアス記事で扱った「規範・環境・評価指標を固定しない議論の危うさ」と同型である。[2]
2. 液体とは何か:定義を“応答様式”へ移す
液体を理解するために、「形を持たないもの」という素朴な定義だけでは不足する。現実の材料は、固体と液体のどちらかに単純には分かれず、粘弾性や降伏のような中間的振る舞いが広く存在する。そこで参照枠になるのがレオロジー(変形と流動の科学)である。レオロジーは「材料が応力にどう応答するか」を扱い、固体/流体の二分法の外側を含めて整理する。[3]
レオロジーの入門的な概説でも、ほぼすべての材料が応力に応答して変形し、その振る舞いは観測条件や時間スケールで変わることが述べられている。[4] この視点を導入すると、「ネコは液体か」は、物質分類の是非から一段下りて、「ネコの変形と流動を、どの基準で“流体的”と呼ぶか」という問いに変形される。
2.1 剪断応力と“流れる”の最小条件
固体と液体を分ける典型的な観点は、剪断応力に対して材料が応力を保持できるか、時間とともに緩和できるかである。固体は剪断に抵抗し、少なくとも短時間は形を保つ。一方で液体は剪断応力を保持できず、時間とともに流動して応力を緩和する。ただし、ここで本質的なのは「時間とともに」である。観測時間が短ければ液体が固体のように見える場合があり、観測時間が長ければ固体が流体のように見える場合がある。
2.2 観測時間を明示する:デボラ数の直観
この時間依存性を端的に表す概念としてデボラ数が導入される。デボラ数は、観測時間と材料の緩和時間の比として、材料が「固体的に見えるか」「流体的に見えるか」が観測条件に依存することを表現する。マーコス・ライナーが提起したデボラ数の解説は、時間を十分に与えれば固体も流れる、という直観を明示的な枠組みにする。[5]
ここで重要なのは、「ネコ=液体」を言うために必要なのが、単に“柔らかい”という印象ではなく、「観測時間」と「拘束条件」を暗黙に選んでいる、という点である。以後の節では、どの拘束条件(箱・隙間・容器)で、どの時間スケール(瞬間・数十秒・数分〜)を想定しているのかを、なるべく露出させた形で議論する。
| 小項目 | 観点 | 要約 |
|---|---|---|
| 2.1 | 剪断応力による区別 | 固体/液体の差を「剪断応力を保持できるか、時間とともに緩和して流動するか」という応答様式で定義し直し、成分論ではなく振る舞いで判定する土台を置く。 |
| 2.2 | 時間スケールの導入(デボラ数) | 材料の見え方は観測時間と緩和時間の比で変わるため、「ネコ=液体」を語るなら、どの時間窓で見ているかを前提として露出させるべき。 |
3. 「ネコが流れる」を、まず環世界として位置づける
前稿の環世界の議論は、本稿でもそのまま効く。人間が「ネコが液体のように流れた」と驚く場面は、しばしば「人間が想定する身体モデル」と「ネコが実際に持っている行為可能性」がズレる場面である。前稿では、原因が入力段階で欠落し、結果だけが残ると、神秘化が生じると整理した。本稿では、その神秘化の対象が「宇宙」ではなく「液体」になっているだけで、構造は同じである。[1]
環世界(Umwelt)の古典的枠組みは、生物を「世界の受信と行為の回路」として捉え、その生物にとって意味を持つ世界が切り出されることを強調する。ユクスキュルの「動物と人間の世界を散歩する」という導入は、同じ物理世界でも主体ごとに“現実の像”が異なることを、抽象に逃げずに示した。[6]
さらに、ギブソンのアフォーダンスの議論は、環境を「主体に与えられる行為可能性」として捉える。ネコにとっての隙間は、単なる幾何学的な空間ではなく、通過・潜伏・回避・跳躍といった行為を許す“意味のある地形”として立ち上がる。[7]
この 2 本柱を入れると、「ネコが流れる」現象は、まず“受動的に形が崩れた”のではなく、“行為の回路としての身体が、環境拘束に合わせて形態を再配置した”と捉え直せる。次節では、その再配置を支える身体条件と、行為としての通過判断を、一次情報に寄せて確認する。
4. ネコが「流れる」ための身体条件:構造と行動
ネコが箱に収まる、狭い隙間を通る、身体を容器に合わせて“折り畳む”ように見える、という現象は、心理ではなく、身体構造と行動戦略の結合として説明できる。本節では「なぜそう見えるのか」を、(1) 行為としての自己サイズ評価、(2) 肩帯と鎖骨の連結様式、(3) 脊椎と体幹再構成の自由度、の順に押さえる。
4.1 自己サイズ評価:どこまで通れるかを事前に判断する
「頭が入れば通れる」という俗説は、結果だけを見るとそれらしく見えるが、行動は無作為ではない。近年の実験研究では、ネコが開口部の幅・高さを変えた条件下で、通過可能性を選択的に評価し、通過行動を取ることが報告されている。これは、ネコが自分の身体サイズに関する実用的な自己モデルを使って、環境の通過可能性を推定している可能性を示す。[8]
この結果を、本稿の文脈へ接続すると重要な含意が出る。「流れる」に見えるのは、材料が外力で崩れたからではなく、主体が“通る”という目標に合わせて身体を配置し直したからである。つまり「液体性」を議論するとき、ネコは受動材料ではなく能動主体である。この一点が、後に述べる「能動的液体」という言い換えの根になる。
4.2 肩帯と鎖骨:剛体になりにくい連結
ネコが小さな隙間を通れる鍵として、一般向けの科学解説では肩帯の特徴が挙げられ、人間のように鎖骨で強く連結される構造と対比される。[9] ただし、一般解説は直観には有用でも、論考としては一次情報に寄せた補強が必要になる。
食肉目における鎖骨を扱う解剖学研究では、ネコを含む種で鎖骨が骨格へ強固に連結されず、筋内に位置づけられることが論じられている。[10] また、獣医学系の解剖学リファレンスでも、猫の鎖骨が小型で、骨格への連結が限定的であることが説明されている。[11]
この構造上の特徴は、「肩幅が幾何学的に固定されにくい」という意味で、容器に合わせて体幹を再配置する自由度を増やす。重要なのは、ここが「柔らかさ」という印象論ではなく、「連結の設計差」という具体に落ちている点である。
4.3 脊椎の自由度:体幹を細かく再構成できる
“液体っぽさ”を生むもう一つの基盤は、脊椎と体幹の可動性である。猫をモデルとして人間の腰椎系と比較する研究でも、猫の脊柱構造が研究対象として用いられ、運動学的・構造的な特性が論じられている。[12] ここでの要点は、猫の体幹が大きな剛体ブロックではなく、複数セグメントとして姿勢を再配置できることで、容器形状に合わせた“連続的な折り畳み”が可能になる、という方向性である。
以上をまとめると、ネコが容器に従うように見えるのは、(a) 事前の通過判断(自己モデル)、(b) 肩帯の連結様式、(c) 体幹再構成の自由度、が結合した結果である。ここまでで現象側は、十分に具体で説明できた。次に、この現象を「液体」と呼ぶことが、どの定義の下で成立し、どこから恣意になるのかを、レオロジーの言語で詰める。
| 小項目 | 観点 | 要約 |
|---|---|---|
| 4.1 | 行為としての通過判断(自己サイズ評価) | ネコは無作為に押し込まれているのではなく、開口部の条件に応じて通過可否を選択的に判断しており、「流れる」は受動崩壊ではなく目的志向の能動配置換えだと位置づける。 |
| 4.2 | 肩帯・鎖骨の連結様式 | 肩幅が剛体的に固定されにくい構造(骨格への強固連結が弱い等)が、容器形状に合わせた再配置自由度を増やし、流体的印象の物理的基盤になる。 |
| 4.3 | 脊椎・体幹の再構成自由度 | 体幹を大きなブロックではなく複数セグメントとして折り畳み・再配置できることが、容器に沿う連続変形を可能にし、見かけの「流動」を強める。 |
5. 先行研究:「ネコのレオロジー」はどこまで学術化されているか
「ネコは液体」という言い回しはネットミームとして普及しているが、レオロジーの文脈で明示的に取り上げた文章として、マルク=アントワーヌ・ファルダンの短い論考がよく参照される。そこでは、ネコを「容器に合わせて形を変える材料」として扱い、観測時間と緩和の観点から、固体/液体の境界が時間スケール依存であることを示す。[13]
この議論は 2017 年のイグ・ノーベル賞(物理学)で広く知られるようになり、研究機関側の紹介でも「猫は固体であり液体であるか」という問いを流体力学で扱ったことが述べられている。[14] 科学誌の報道でも、この研究が「まず笑い、次に考える」タイプの研究として位置づけられつつ、容器への適合という点からネコの二重性が紹介されている。[15]
ここで注意すべきは、ファルダンの文章が「猫の粘度を測定した」タイプの実験論文というより、「レオロジーの定義と時間スケール依存性を、極端にわかりやすい例で示す」タイプの文章である点である。したがって先行研究の位置づけは、「ネコが物理的に液体である」の証明ではなく、「固体/液体の境界は観測条件で揺れる」という理解を強制的に可視化する教材に近い。教材であるがゆえに、比喩の有用性と恣意性が同時に露出する。
6. ネコを液体と呼ぶことの恣意性:どこに任意性が入るのか
ここまでで、ネコの“流れる”現象と、液体の時間スケール依存性を並べた。すると次に問うべきは、「なぜ液体という語を選ぶのか」「その選択は何を隠し、何を照らすのか」である。ここは、認知バイアス記事で整理した観点――規範・環境・評価指標を明示しないと議論が空転する――が、そのまま適用できる領域になる。[2]
6.1 恣意性その 1:定義の移動(成分→応答様式)
「液体」を物質状態(相)として定義すれば、ネコは液体ではない。ここで「液体」と言うためには、定義を「成分」から「応答様式」へ移す必要がある。レオロジーの視点自体は正当だが、どの定義を採用するかは目的依存であり必然ではない。レオロジーが固体と流体の連続性を扱う学問であることを踏まえると、定義移動は可能だが、それは選択である。[4]
6.2 恣意性その 2:時間スケールの切り取り
デボラ数が示すように、同じ対象でも観測時間の選び方で「固体的」「流体的」は変わる。したがって「ネコは液体だ」と言うには、一定以上の観測時間を暗黙に選んでいる。これは提示枠(フレーム)の問題であり、後述するフレーミング効果の構造と同型である。[5]
6.3 恣意性その 3:説明目的(理解のためのメタファー)
液体という語は、理解の入口として非常に強い。しかし、強いメタファーは詳細を圧縮し、同時に取り落としも作る。たとえば本稿が積み上げた (a) 自己サイズ評価、(b) 肩帯の連結様式、(c) 体幹再構成の自由度、という具体は、「液体」という語だけでは読者の頭に残りにくい。逆に、これらの具体を捨てても「液体っぽい」は伝わる。この“伝わりやすさ”自体が、恣意的な選好として入り込む。
ここで重要なのは、恣意性は誤りではない、という点である。恣意性とは、事実の歪曲ではなく、複数の正当な切り口のうちどれを採用するか、という自由度のことである。問題は、恣意性を隠して比喩を断言し、目的や基準を省略することで、比喩が「自然の事実」に見えるようになることだ。この構造が、認知バイアス記事での「何を合理とみなすかを固定しない議論の危険」と一致する。[2]
| 小項目 | 観点 | 要約 |
|---|---|---|
| 6.1 | 定義の移動(相→応答) | 「液体」を相としてではなくレオロジーとして採用することで初めて“液体的”と言えるが、この定義移動自体が目的依存の選択であり、明示しないと誤読を招く。 |
| 6.2 | 時間窓の選好(強調の偏り) | 同じ対象でも時間窓の取り方で固体的/流体的の強調が変わるため、「ネコ=液体」は中時間窓を選ぶフレーミングを含む。 |
| 6.3 | 説明目的の選好(比喩の採用理由) | 「液体」は説明効率が高い一方、骨格・行為・自由度などの具体を圧縮してしまうため、採用は“伝わりやすさ”を優先する選好(恣意性)を含む。 |
7. 認知バイアス論との接続:「ネコ=液体」はフレーミングとヒューリスティクスの実例である
ここで、以前の記事「認知バイアスを深堀りする」の中心論点を、今回のテーマへ正面から接続する。そこで扱ったのは、ヒューリスティクスとバイアスの古典的提案、プロスペクト理論、フレーミング効果、そして「誤りではなく制約下の近似」としての見方だった。[2]
7.1 同一事実でも提示枠で理解が変わる
同じ事実(ネコが箱に収まる)を、(A) 骨格と関節の自由度で説明するか、(B) 行為可能性(アフォーダンス)で説明するか、(C) レオロジー的定義で説明するかで、受け手の理解と印象は変わる。提示枠が選好や判断を変えるというフレーミング効果は古典的に示されている。[16] 「液体」という枠は、(A)(B) を圧縮して直観に強く訴える形で理解を促す。その意味で「ネコ=液体」はフレーミングの教材として機能する。
7.2 近道としてのヒューリスティクス、その副作用としての誤解
「液体」と言うのは、詳細を捨てて構造だけを残す近道である。ヒューリスティクスが不確実下の判断を支える一方で、系統的偏りを生むことは古典的に整理されている。[17] ネコを液体と呼ぶことも同様で、理解の近道としては有効だが、カテゴリ混同という偏りを生みやすい。したがって、使うなら「条件付きの近似」であることを明示しなければならない。
7.3 期待効用からズレても一貫する:プロスペクト理論の類比
プロスペクト理論は、人間の判断が期待効用理論から系統的にズレるが、一定の構造を持って一貫することを示した。[18] これを比喩の評価へ類比すると、「物質分類としては不正確」でも「直観化としては有効」という評価の分岐が、規範の違いとして整理できる。つまり、正しさは一枚岩ではなく、目的と評価指標が違えば「適切さ」も変わる。
7.4 誤警報と見逃しのコスト:比喩の運用コスト
バイアス論に関連して、誤警報と見逃しのコストが非対称なとき、防御反応が過剰になることが適応的になり得る(スモークディテクター原理)という整理がある。[19] 比喩にも同型のコスト構造がある。厳密性を優先して比喩を捨てれば、理解の入口を失う(見逃し)。比喩を許容すれば、誤解が増える(誤警報)。どちらを選ぶかは読者層と目的に依存する。したがって本稿の立場は、「比喩を禁止する」のでも「比喩を真理として扱う」のでもなく、比喩のコスト構造を認識し、用途を限定して使う、になる。
| 小項目 | 観点 | 要約 |
|---|---|---|
| 7.1 | フレーミング(提示枠の差) | 同一事実(箱に収まる)でも、骨格・アフォーダンス・レオロジーのどの枠で語るかで理解が変わり、「液体」枠は境界の揺れを強調する提示枠として働く。 |
| 7.2 | ヒューリスティクス(近道) | 「液体」は複雑な具体を短距離で伝える近道だが、系統的な誤解(カテゴリ混同)を生み得るため、条件付き近似として運用すべき。 |
| 7.3 | 規範の違い(評価指標の固定) | 分類の正確さを規範にすると不適切でも、直観化の効率を規範にすると有効になり得るため、目的と評価指標を先に固定しない議論は空転する。 |
| 7.4 | 運用コスト(誤警報/見逃し) | 比喩を捨てれば理解の入口を失い、比喩を許すと誤解が増えるという非対称コストがあるため、用途限定+条件明示でコストを管理する方針に落とす。 |
8. さらに広い接続:能動的液体・アクティブマター・ソフトロボティクス・身体化認知
ここまでの議論だけでも「ネコ=液体」の条件付き妥当性は整理できる。しかし、この比喩を単なるネットミームで終わらせず、学際的な接続点として扱うなら、現代物理・工学・認知科学の周辺領域へ橋を架けられる。ここでの狙いは「ネコを無理に流体として扱う」ことではなく、「応答様式による分類」という考え方が、どの分野で有効な道具になるかを具体例で示すことにある。
8.1 アクティブマター:自己駆動する“生きた流体”
アクティブマター(active matter)は、内部エネルギー供給により自己駆動し、非平衡な集団運動や流動を示す系を扱う領域であり、活性なソフトマターの理論として体系的にレビューされている。[20] また、アクティブマターの力学と統計を整理するレビューもある。[21] ここで扱われるのは微生物、細胞集団、フィラメントとモーターなどで、ネコとはスケールが異なる。しかし「内部自由度と内部駆動により、形態と運動が環境拘束に適応する」という構造は同型である。したがって「能動的液体」という表現は、単なる言い換えではなく、非平衡系としての“生きた流体性”へ向かう入り口になる。
8.2 ソフトロボティクス:形を固定しない設計原理
ソフトロボティクスのレビューでは、柔軟材料を用い、形状自由度を積極的に利用する設計思想が整理されている。[22] ソフトロボティクスを独立の設計領域として位置づける論説もある。[23] ネコの身体は「形を固定しない」ことで環境適応性を高める自然界の実例であり、「流れる」という比喩は、工学側でいうコンプライアンス(柔らかさ)を利用した適応の直観を、読者に渡す。
8.3 身体化認知:認知は剛体モデルの上ではなく行為の回路にある
身体化認知は、認知が身体と環境との相互作用に根ざすという立場であり、複数の主張(situated, time-pressured, cognition for action など)に分けて評価されている。[24] また、知覚・運動・身体状態が認知の基盤になるという grounded cognition のレビューもある。[25] 本稿で繰り返した通り、ネコが“流れる”のは単なる形態変形ではなく、環境を行為として読み替える回路の結果である。ここは前稿(環世界)と完全に接続する。[1]
この節の意義は、「ネコ=液体」を、比喩としての面白さに留めず、応答様式による分類が、レオロジー・非平衡物理・工学設計・認知科学でどのように使われるかを、読者が次に辿れる形で示す点にある。比喩は恣意的だが、恣意的であるがゆえに、領域横断の接続が生まれる。
9. 結論:結局、何が言えるのか
- ネコは物質状態としての液体ではない。分類問題としては明確である。
- ただし、液体をレオロジー(応答様式)として定義し、観測時間(デボラ数の直観)を明示すると、ネコの「拘束条件に合わせて形態を再構成する」ふるまいは、条件付きで液体的に記述できる。[5][13]
- 「液体」という語を選ぶことには恣意性がある。定義移動、時間スケールの切り取り、説明目的の選好が混入する。しかし、この恣意性は誤りではなく、フレーミングとヒューリスティクスとしての近似である。[16][17]
- したがって問題は「ネコは液体だ」と言うこと自体ではなく、その発話が依存する定義・時間・目的を省略し、比喩を事実命題として誤認させることにある。これは「認知バイアスを深堀りする」で扱った「規範・環境・評価指標の不明確さが議論を壊す」という構造と同型である。[2]
- 前稿で扱った「ネコが宇宙と交信しているように見える」現象は、環世界のズレが神秘に見えるという話だった。本稿の「ネコが液体に見える」現象も同様に、人間の概念枠(剛体・相分類)と、ネコの行為可能性(身体構造と行動戦略)のズレが、比喩を誘発する。比喩はズレを可視化する道具として有用だが、同時に誤解の入口でもある。だからこそ、比喩を使うなら条件を明示した上で使う、という運用に落とす。
参考文献
- 「ネコは宇宙と交信しているのか」(harpuia.id774.net, 2026-01-19) https://blog.id774.net/entry/2026/01/19/3316/
- 「認知バイアスを深堀りする」(blog.id774.net, 2026-01-05) https://blog.id774.net/entry/2026/01/05/3219/
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