将棋の盤面を平面から立体へ広げると、王将が一手で移動できる範囲は最大 8 マスから 26 マスへ増える。盤の中央では前後左右と斜めに加え、上下の層にも移動できる。逃げ道が増えれば王将を詰ませることは難しくなるように思える。しかし、攻撃側も三次元の移動能力を持つ。飛車は直線から座標平面へ移動範囲を広げ、角は二軸の斜め移動から立体的な領域へ到達する。王将が移動できる方向の増加は、攻撃側がその方向を制限できる可能性の増加と同時に起こる。
盤面の大きさだけを比較しても、駒の動きやすさは決まらない。通常の将棋は 81 マスに 40 枚の駒を置くが、三次元将棋では 729 マスに 372 枚を置く。盤面は 9 倍になる一方、駒数は 9.3 倍となる。初期配置における占有率は通常の将棋の約 49.4% に対して三次元将棋では約 51.0% であり、空間が広がっても盤面全体の占有率が下がるわけではない。ただし、駒が均等に分布しているわけではなく、層ごとの配置や移動方向によって実際の経路の開通状況は変わる。盤面全体の占有率から個々の駒の移動可能性を推定するには、駒の位置関係と遮断条件が必要になる。
さらに、駒が広い範囲へ移動できることと、相手の行動を封じられることの間には別の条件が存在する。空盤上の移動距離は駒種と座標から求められるが、他の駒が置かれると移動経路が遮断され、複数の駒の利きが重なる。一枚の駒を動かすだけで、直接動かしていない駒の攻撃範囲まで変化する場合がある。王将が実際に逃げられるかは、移動先の占有状態と相手の利きに依存する。さらに詰みを強制するには、その局面で王手をかけられるだけでなく、相手が選べる合法な応手をすべて考慮する必要がある。
この関係は、マス同士の移動を表すグラフ、駒の配置に応じて変化する攻撃関係、局面全体を頂点とする状態遷移グラフによって定式化できる。移動グラフは空間的な到達能力を表し、攻撃関係は占有配置による制約を反映する。状態遷移グラフでは、双方が交互に指し手を選択する条件が加わる。三次元化による移動範囲の拡大が、盤面支配を経て勝敗の強制可能性にどう結びつくかは、これらの数学的対象を区別することで明確になる。
1. 三次元化で将棋の何が変わるのか
通常の将棋は 9 × 9 の 81 マスに計 40 枚の駒を置く。将棋ったーの三次元将棋は、9 × 9 × 9 の 729 マスに計 372 枚の駒を用いる。盤上の位置は筋、段、層の三つの座標で表され、同じ層と筋における二歩が禁止される。勝利条件は王将を詰ませることである[1]。盤面が立体になっても、先手と後手が交互に指すという対局の構造と、相手の王将を詰ませるという目的は維持されている。
移動規則には三次元固有の違いがある。王将は周囲の最大 26 マスへ進み、飛車は三つの座標のうち少なくとも一つが移動元と一致する地点へ動ける。角は二軸を同じ距離だけ動かし、残る一軸をその距離以下だけ動かせる。歩兵は同じ層を前進する一方、桂馬は前方への跳躍に上下方向の変位を組み合わせ、銀将にも層をまたぐ移動がある[2]。駒種ごとに上下方向の利用条件が異なるため、三次元将棋を 9 枚の独立した二次元将棋盤として分割することはできない。ある層の駒の位置が、別の層にいる駒の移動先や攻撃関係に影響するからである。
王将の移動範囲を考えると、三次元化による変化が具体的に分かる。盤の中央にいる王将は、三つの座標についてそれぞれ -1、0、1 の変化を選べる。変化しない場合を除くため、移動候補は 3 × 3 × 3 – 1 = 26 マスとなる。一方、盤の隅では各座標について盤内へ進むか、その座標を変えないかの二通りしか選べないため、候補は 2 × 2 × 2 – 1 = 7 マスに減る。同じ王将でも盤上の位置によって幾何学的な移動能力が変化し、盤の境界が逃げ道の数を制限する。
この 26 マスや 7 マスという値は、周囲にほかの駒が存在しない場合の移動候補数である。実際の対局では、自分の駒が占有するマスへ王将は移動できず、相手の利きが及ぶマスも安全な退路にはならない。例えば、中央の王将に 26 個の幾何学的な移動候補があっても、そのうち 20 マスが自分の駒で占有され、残る 6 マスが相手に攻撃されていれば、周囲の 26 マスのいずれにも合法に移動できない。ただし、その事実だけで詰みが成立するとは限らない。王手を受けているか、ほかの駒によって王手を防げるかという条件も必要になる。
飛車と角では、王将とは異なる形で占有配置が作用する。通常の将棋の飛車は縦横の直線に沿って移動するが、三次元将棋の飛車は、移動元と終点を結ぶ座標平面上の長方形に含まれる駒によって遮断される。例えば、飛車が (5,5,5) から (7,7,5) へ移動する場合、(6,6,5) に駒があればその移動は遮断される。さらに同じマスの駒が、飛車のほかの移動先に対する遮断条件にも関係する。角にも台形状の遮断領域が定義されており、移動先の座標だけで経路の開通を判定することはできない[2]。駒の配置が変化すると、複数の移動経路の成立条件が同時に変わる。
盤面全体の支配関係は、このような個々の駒の移動条件が重なって成立する。一つのマスを複数の駒が攻撃する場合もあれば、ある駒がほかの駒の移動経路を遮り、その駒を動かすと離れたマスへの利きが生じる場合もある。さらに、攻撃しているマスの集合と、実際に合法手として移動できるマスの集合は一致するとは限らない。合法手では王将の安全性や持ち駒の使用条件などが加わるためである。これらの条件を区別すると、三次元将棋の数学的な対象は次の四段階に整理できる。
| 数学的な対象 | 何を表すか | 何が加わると決まるか |
|---|---|---|
| 空盤上の移動 | ある駒が一手で到達できるマスの集合と、複数手で到達するための最短距離を表す。 | 駒種、三次元座標、盤面の境界、移動方向の規則によって決まる。 |
| 盤面上の利き | 各陣営が攻撃するマスの集合と、一つのマスに重なる攻撃の数を表す。 | 全駒の位置、種類、所属、成り状態に加え、飛車や角などの移動経路の遮断条件によって決まる。 |
| 合法な指し手 | 現在の局面から、規則を満たして移行できる局面への遷移を表す。 | 盤面上の利きに加え、手番、王将の安全性、持ち駒、二歩などの合法手条件によって決まる。 |
| 詰みの強制 | 相手がどの合法な応手を選んでも、有限手数で詰みへ到達させられるかを表す。 | 双方の手番が交替する状態遷移と、各局面から選択できるすべての合法手によって決まる。 |
表の上から下へ進むほど、判定に必要な情報が増える。空盤上の移動なら駒種と座標によって関係が確定する。盤面上の利きには全駒の配置が必要となり、合法手には王将の安全性や手番などの規則が加わる。詰みの強制では、現在の局面から一手進めるだけでは足りず、相手の応手を含む局面の連鎖を評価する必要がある。例えば、飛車が相手の王将を攻撃できる位置にいても、相手が合法に王将を逃がせるなら、その攻撃だけでは詰みにならない。逃げた先でも攻撃を続けられるか、ほかの防御手段があるかによって結果が変わる。
三次元化が直接変更するのは、盤面の座標集合と各駒の移動規則である。その変化は、配置された駒同士の遮断と攻撃の重複を通じて盤面支配に反映され、合法手の集合を変化させる。さらに、合法手の集合は相手の応手を含む状態遷移を決定するため、勝敗を強制できる局面の範囲にも関与する。この連鎖を数学的に追うには、マスを頂点とする移動グラフと、盤面全体の局面を頂点とする状態遷移グラフを区別する必要がある。前者は空間内でどこへ到達できるかを表し、後者は対局の規則と双方の選択によって何を実現できるかを表す。
2. 三次元将棋の移動範囲をグラフと距離で定義する
2.1 王将の最短移動手数
三次元将棋の盤面は、筋、段、層に対応する三つの整数座標によって表せる。盤上のマスの集合を \(V=\{1,\ldots,9\}^{3}\) と定義すると、729 個のマスはそれぞれ一つの座標の組に対応する。駒種ごとに、障害物のない盤面で一手で移動できる二つのマスを辺で結べば、マスを頂点とする移動グラフが得られる。このグラフでは、二つの頂点を結ぶ最短経路の辺数が、空盤上で必要な最小移動手数に対応する。
王将の移動規則を座標で考える。出発点を \(p=(x_1,y_1,z_1)\)、到着点を \(q=(x_2,y_2,z_2)\) とする。王将は一手で三つの座標をそれぞれ最大 1 ずつ変えられる。三つの座標を同時に変化させることもできるため、ある座標の移動が完了するまで別の座標の移動を待つ必要はない。
例えば、(1,1,1) から (9,9,9) へ移動する場合、各座標の差はすべて 8 である。三つの座標を一手ごとに同時に 1 ずつ増やせば、(2,2,2)、(3,3,3) と進み、8 手で (9,9,9) に到達する。一方、一手で一つの座標を 2 以上変化させることはできないため、8 手より短い経路は存在しない。この上下限が一致することから、最短移動手数を厳密に求められる。
一般の二点間でも、各座標差を埋めるために必要な手数の最大値が下限となる。目標へ到達していない座標を毎手 1 ずつ近づければ、最大の座標差に等しい手数で到達できる。したがって、王将の最短移動手数は次の式で定まる。
\[\boxed{d_K(p,q)=\max\{|x_2-x_1|,|y_2-y_1|,|z_2-z_1|\}}\]
この距離はチェビシェフ距離と呼ばれ、座標ごとの差の最大値によって二点間の距離を定める。通常の平面上の距離では二つの座標差を比較するが、三次元将棋の王将では三つの座標差を比較する。盤面の各座標は 1 から 9 までなので、二点間の座標差の最大値は 8 である。実際に (1,1,1) と (9,9,9) の間では 8 手を要することから、王将の移動グラフの直径は正確に 8 となる。
\[\boxed{\operatorname{diam}(G_K)=8}\]
グラフの直径とは、すべての二頂点間の最短距離のうち最大の値である。王将についてこの値が 8 であることは、空盤上なら盤面のどこからでも最大 8 手で任意のマスへ到達できることを意味する。盤面全体の到達可能性を、一つ一つの移動経路を列挙せずに座標差から決定できる点に、この定式化の意味がある。
2.2 飛車が二手で全マスへ届く理由
三次元の走り駒を座標条件によって一般化する考え方は、Sen Miuate による「高次元将棋における飛車角の一般化」にも示されている[3]。将棋ったーの三次元飛車は、出発点と到着点で少なくとも一つの座標が一致すれば、空盤上で一手の移動条件を満たす。通常の将棋の飛車が筋または段を固定した直線上を移動するのに対し、三次元飛車は一つの座標を固定した平面上へ移動できる。
一辺が \(n\) の立方体盤を考える。出発点を \(p=(x,y,z)\) とすると、\(x\) 座標を固定した平面、\(y\) 座標を固定した平面、\(z\) 座標を固定した平面はいずれも \(n^2\) マスを含む。しかし、この三つの平面は互いに交差するため、単純に \(3n^2\) と数えると、交線上のマスが重複する。
二つの平面の交わりは、固定されていない残り一軸に沿う \(n\) マスの直線となる。この交線は三組あるため、重複分として \(3n\) を引く。ただし、三つの平面すべてに含まれる出発点は、この操作によって引きすぎているので 1 を加える。包除原理によって、三つの平面の和集合の大きさは \(3n^2-3n+1\) となる。さらに出発点自身を除けば、飛車が一手で移動できるマス数が得られる。
\[\boxed{|M_R(p)|=3n(n-1)}\]
\(n=9\) では 216 マスとなる。飛車が盤の中央にいても隅にいても、この値は変わらない。三つの固定座標平面がそれぞれ常に \(n^2\) マスを含み、交線の長さも常に \(n\) であるためである。これは、盤の中央と隅で移動先数が異なる王将とは対照的な性質である。
同じ結果は、移動できないマスを数えても導ける。出発点から一手で届かないマスは、三つの座標がすべて出発点と異なるマスに限られる。各座標には出発点と異なる値が \(n-1\) 個ずつあるため、そのようなマスは \((n-1)^3\) 個である。出発点自身も除くと、
\[|M_R(p)|=n^3-1-(n-1)^3=3n(n-1)\]
となる。9 × 9 × 9 盤では、729 マスのうち一手で移動できるのが 216 マス、三つの座標がすべて異なるため一手では届かないのが 512 マス、残る 1 マスが出発点自身である。この分割は、三次元飛車の移動条件が盤面全体をどのように分類するかを示している。
一手で届かない 512 マスについても、二手なら必ず到達できる。任意の二点を \(p=(x_1,y_1,z_1)\)、\(q=(x_2,y_2,z_2)\) とし、その三つの座標がすべて異なる場合を考える。中継点を \(r=(x_2,y_1,z_1)\) と選ぶと、出発点 \(p\) と中継点 \(r\) は二つの座標が一致する。また、中継点 \(r\) と到着点 \(q\) は一つの座標が一致する。どちらの移動も三次元飛車の条件を満たすため、二手で到達できる。一方、三つの座標がすべて異なる二点間には一手で移動できないので、この場合の最短距離は正確に 2 である。
\[\boxed{d_R(p,q)=\begin{cases}0 & (p=q)\\1 & (p\ne q,\ \exists i:\ p_i=q_i)\\2 & (\forall i:\ p_i\ne q_i)\end{cases}}\]
ここで \(p_i\) と \(q_i\) は、それぞれ出発点と到着点の第 \(i\) 座標を表す。出発点と到着点が同じなら距離は 0、少なくとも一つの座標が一致すれば距離は 1、三つとも異なれば距離は 2 となる。一辺が 2 以上の盤では三つの座標がすべて異なる二点を選べるため、飛車の移動グラフの直径は正確に 2 である。
\[\boxed{\operatorname{diam}(G_R)=2\qquad(n\ge2)}\]
王将の直径が 8 であるのに対し、飛車の直径は 2 である。この差は、飛車が一手で複数の座標を任意の距離だけ変化させられることから生じる。ただし、直径は障害物のない盤面について定義した値である。実際の局面では、出発点と到着点の間にほかの駒が存在すれば移動が遮断され、中継点も占有され得る。空間的な最短距離が 2 であっても、その経路を対局中に実現できるとは限らない。
高次元チェスの駒を対象として距離やグラフの直径を研究した Ripà の論文もある[4]。ただし、高次元チェスと三次元将棋では駒の移動規則が一致するとは限らず、同じ名称の駒であっても移動グラフの辺集合が異なる可能性がある。ここで得られた直径 2 という結果は、将棋ったーの三次元飛車が採用する座標条件から直接導いたものである。
2.3 個々の移動能力と盤面全体の辺の数
一つのマスから到達できる移動先数は、そのマスを頂点としたときの次数に対応する。次数とは、一つの頂点に接続する辺の本数である。飛車の移動グラフでは、どの位置の次数も 216 となる。このようにすべての頂点の次数が等しいグラフを正則グラフと呼ぶ。三次元飛車の空盤上の移動グラフは、216 正則グラフである。
移動先が 216 マスであるという局所的な性質から、盤面全体の移動関係の数も求められる。729 個の頂点のそれぞれに 216 本の辺が接続するため、すべての次数を合計すると \(729\times216\) となる。ただし、一つの辺は両端の頂点で一度ずつ数えられているため、辺の総数はその半分である。
\[\boxed{|E_R|=\frac{729\times216}{2}=78\,732}\]
この計算は、グラフにおける握手補題に対応する。各頂点の次数をすべて加えると辺数の 2 倍になるという関係である。三次元飛車の場合、どのマスでも次数が一定なので、個々の移動可能数から盤面全体の辺数を直接決定できる。
王将の移動グラフでは、盤の境界に近づくほど次数が減少する。中央の王将は 26 マスへ移動できるが、面上、辺上、隅では、盤の外へ出る方向が除かれる。そのため、飛車と同じように一定の次数を頂点数へ掛ける方法では辺数を求められない。
そこで、一辺 \(n\) の盤について、各座標で元の位置から最大 1 だけ変化させられる座標の個数を数える。両端の座標では元の位置と内側の隣接位置の 2 個、内部の \(n-2\) 個の座標では元の位置と両側の隣接位置の 3 個が選べる。各座標位置について選択可能な個数を合計すると、
\[2+3(n-2)+2=3n-2\]
となる。三つの座標は独立に選択できるため、盤上のすべての出発点について、移動しない場合も含めた到着点候補数を合計すると \((3n-2)^3\) となる。ただし、各マスに留まる \(n^3\) 通りは移動を表さないので除外する。残った値は各辺を双方向から数えているため、2 で割れば王将の移動グラフ全体の辺数が得られる。
\[\boxed{|E_K|=\frac{(3n-2)^3-n^3}{2}}\]
9 × 9 × 9 盤では、
\[|E_K|=\frac{25^3-9^3}{2}=\frac{15\,625-729}{2}=7\,448\]
となる。飛車の 78,732 本に対し、王将は 7,448 本である。この値は駒の強さや勝率ではなく、盤面上で一手の移動条件を満たす二点の組が何通りあるかを表している。王将の辺数が少ない直接の理由は、一手で各座標を最大 1 しか変化させられないことであり、飛車の辺数が多い理由は、少なくとも一つの座標が一致すれば残る座標を長距離移動できることである。
9 × 9 × 9 盤の空盤上で求めた指標を比較すると、次のようになる。直径と辺数は、いずれも障害物のない移動グラフについての値である。
| 駒種 | 中央からの一手の移動先数 | 移動グラフの直径 | 移動グラフの辺数 |
|---|---|---|---|
| 王将 | 26 マス | 8 | 7,448 本 |
| 飛車 | 216 マス | 2 | 78,732 本 |
移動グラフの直径と辺数は、異なる側面を測定している。直径は最も遠い二点間を移動するための最短手数の最大値であり、辺数は盤面全体に存在する一手の移動関係の総数である。飛車では直径が 2 と短く、辺数も王将より多い。しかし、実際に駒を配置すると、遮断される経路や自分の駒が占める移動先が生じるため、空盤上の辺がそのまま合法な指し手として利用できるわけではない。これらの数値は三次元将棋の幾何学的な移動能力を定量化する基準となり、占有配置によって変わる盤面支配を評価するための出発点になる。
3. 駒の配置は盤面全体の支配関係をどう変えるのか
3.1 利きの和集合と重複
空盤上の移動グラフでは、ある駒がどのマスへ到達できるかを、駒種と座標だけから求められる。しかし、実際の局面には複数の駒が存在し、それぞれの移動範囲が重なる。あるマスを一枚の駒だけが攻撃している場合もあれば、複数の駒が同時に攻撃している場合もある。盤面全体の支配関係を評価するには、攻撃されているマスの範囲と、そのマスに作用する駒の枚数を区別する必要がある。
局面を \(S\)、陣営を \(\tau\) とする。陣営 \(\tau\) の盤上の駒の集合を \(I_\tau(S)\)、駒 \(i\) が利いているマスの集合を \(A_i(S)\) と定義する。ここで利きとは、その駒の移動規則に従って攻撃または防御の対象となるマスとの関係であり、味方の駒が占有するマスも含める。飛車や角などの走り駒については、途中の駒による遮断を反映する。王将の安全性などを考慮した合法手の集合とは別の数学的対象である。
陣営全体が利いているマスの集合は、個々の駒の利きの和集合として定義できる。
\[\boxed{A_\tau(S)=\bigcup_{i\in I_\tau(S)}A_i(S)}\]
和集合とは、少なくとも一枚の駒が利いているマスを重複なく集めた集合である。例えば、二枚の駒がそれぞれ 10 マスに利いており、そのうち 6 マスが共通している場合、陣営全体が利いているマスは 20 マスではなく 14 マスとなる。この関係は、二つの集合についての包除原理から直接求められる。
\[|A_1(S)\cup A_2(S)|=|A_1(S)|+|A_2(S)|-|A_1(S)\cap A_2(S)|\]
二枚の駒が同じ 10 マスを利いていれば、個々の利きの合計は 20 でも、和集合は 10 マスである。一方、互いに異なる 10 マスずつを利いていれば、和集合は 20 マスになる。個々の駒の利きの総数が等しくても、その重なり方によって盤面全体で攻撃または防御の対象となる範囲が変わる。
二枚の駒がそれぞれ 10 マスに利くと仮定し、共通するマスの数だけを変えた場合の集合の関係を示す。
| 利きが重なるマス数 | 駒ごとの利きの合計 | 和集合のマス数 | 重複分の総数 |
|---|---|---|---|
| 0 マス | 20 | 20 | 0 |
| 6 マス | 20 | 14 | 6 |
| 10 マス | 20 | 10 | 10 |
和集合の大きさだけでは、同じマスを何枚の駒が利いているかを復元できない。そこで、マス \(v\) に対する利きの重複度を定義する。指示関数 \(\mathbf{1}_{\{v\in A_i(S)\}}\) は、駒 \(i\) がマス \(v\) に利いていれば 1、利いていなければ 0 を返す。陣営に属するすべての駒についてこの値を足すと、そのマスに利いている駒の枚数が得られる。
\[\boxed{m_\tau(v,S)=\sum_{i\in I_\tau(S)}\mathbf{1}_{\{v\in A_i(S)\}}}\]
\(m_\tau(v,S)=0\) なら、その陣営の駒はマス \(v\) に一枚も利いていない。値が 1 なら一枚、2 なら二枚が利いている。例えば、あるマスを飛車と角の両方が攻撃していれば、そのマスの重複度は少なくとも 2 となる。この値は、少なくとも一枚が利いているかという判定に加えて、何枚の駒が同じマスに作用しているかを保持する。
駒ごとの利きの総数と、マスごとの重複度の総数には、次の恒等式が成立する。
\[\boxed{\sum_{i\in I_\tau(S)}|A_i(S)|=\sum_{v\in V}m_\tau(v,S)}\]
左辺は各駒が利いているマス数を合計した値であり、右辺は各マスに利いている駒の枚数を合計した値である。例えば、一枚の飛車があるマスに利いているという関係は、左辺では飛車の利きとして一回数えられ、右辺ではそのマスの重複度として一回数えられる。すべての駒とマスの組について同じ関係を数えているため、合計は必ず一致する。これは、二部グラフの辺を両側の頂点から数えることに相当する。
一方、陣営全体が利いているマス数は、重複度が 1 以上のマスをそれぞれ一回だけ数えることで求められる。
\[\boxed{|A_\tau(S)|=\sum_{v\in V}\mathbf{1}_{\{m_\tau(v,S)\ge1\}}}\]
この二つの式の差を取ると、盤面全体で重複している利きの総数が得られる。
\[\boxed{\sum_{i\in I_\tau(S)}|A_i(S)|-|A_\tau(S)|=\sum_{v\in V}\max\{m_\tau(v,S)-1,0\}}\]
右辺の各項は、そのマスに利いている駒が一枚以下なら 0、二枚なら 1、三枚なら 2 となる。複数の駒が同じマスに利いているとき、最初の一枚を除いた重複分だけを数える仕組みである。例えば、一つのマスに三枚の駒が利いていれば、駒ごとの利きの合計には三回現れるが、和集合には一回しか現れないため、差は 2 となる。
この差は、攻撃範囲の重複を表す量として利用できる。ただし、重複が大きいことから直ちに防御の成功や駒の交換における有利不利が決まるわけではない。三枚の駒が同じマスに利いていても、それぞれの駒が合法に移動できるか、相手の駒がどの順序で応じられるかによって結果は変わる。重複度は盤面上の攻撃関係を記述する量であり、その関係を実際に利用できるかは局面の遷移条件によって決まる。
チェス盤の支配をグラフ上の多重支配として扱う研究もあり、一つの頂点に対して複数の駒が作用するという構造は、グラフ理論における支配集合の問題と接続する[5]。三次元将棋では、729 個のマスに対して、どの駒がどのマスに利いているかを対応づけることで、盤面全体の支配範囲と利きの重複を同時に表現できる。
3.2 盤面支配が配置によって変化する理由
個々の駒の利きは、駒種と座標だけで固定されるとは限らない。飛車や角などの走り駒では、途中に別の駒が存在すると移動経路が遮断される。三次元将棋の飛車は、出発点と到着点を対角とする長方形状の領域に駒が存在すれば移動が遮断される。角には台形状の遮断領域があり、三軸の移動量が等しい場合は三通りの領域すべてを考慮する[2]。このため、ある駒の位置を変えると、その駒自身の利きだけでなく、別の駒の利きも変化し得る。
例えば、(5,5,5) に飛車があり、(6,6,5) に別の駒が存在する場合を考える。飛車から (7,7,5) への移動は、途中の (6,6,5) にある駒によって遮断される。同じ駒は、(8,8,5) への移動経路にも含まれるため、こちらの移動も遮断する。ほかのマスに障害物がない状況で (6,6,5) の駒を経路の外へ移動させれば、これら二つの移動経路が同時に開く。一枚の駒の占有位置が、別の飛車の複数の移動候補をまとめて制約していたことになる。
通常の二次元将棋では、飛車の走る方向は筋または段に沿った直線である。これに対し、三次元将棋では座標平面上の長方形状の領域が遮断に関与するため、出発点と到着点を結ぶ直線上から外れたマスの駒も移動を制限し得る。遮断条件が作用する領域の形状が異なることにより、一つの占有位置が影響する移動経路の組合せも変化する。
局面 \(S\) から合法な指し手によって局面 \(S’\) に移ったとき、陣営 \(\tau\) が利いているマスの集合も変わり得る。移動前だけ利いていたマスと、移動後だけ利いているマスを合わせた集合を、対称差によって定義する。
\[\boxed{\Delta_\tau(S,S’)=A_\tau(S)\mathbin{\triangle}A_\tau(S’)}\]
対称差は、二つの集合のどちらか一方にだけ含まれる要素の集合である。したがって、\(\Delta_\tau(S,S’)\) には、移動によって新たに利きが生じたマスと、移動によって利きが消えたマスが含まれる。移動した駒から離れた位置であっても、別の走り駒の遮断が解除されたり、新たに遮断されたりすれば、その位置が対称差に含まれる場合がある。
この変化は、移動前後の重複度を用いても表せる。あるマスが対称差に含まれるのは、そのマスに利いている駒が 0 枚の状態と、1 枚以上の状態との間で切り替わった場合に限られる。
\[\Delta_\tau(S,S’)=\left\{v\in V:\mathbf{1}_{\{m_\tau(v,S)\ge1\}}\ne\mathbf{1}_{\{m_\tau(v,S’)\ge1\}}\right\}\]
例えば、あるマスを移動前に二枚の駒が利いており、移動後には一枚だけが利いている場合、重複度は 2 から 1 に減る。しかし、そのマスは移動前後のどちらでも陣営の利きに含まれるため、対称差には現れない。逆に、重複度が 1 から 0 へ変化した場合、そのマスは陣営の利きから外れ、対称差に含まれる。
この違いから、盤面支配の変化を二つの側面に分けられる。一つは、利いているマスの範囲そのものが拡大または縮小する変化である。もう一つは、利いている範囲が変わらなくても、一つのマスに作用する駒の枚数が増減する変化である。前者は和集合の対称差で把握でき、後者は各マスの重複度の差によって把握できる。
\[\boxed{\delta_\tau(v;S,S’)=m_\tau(v,S’)-m_\tau(v,S)}\]
\(\delta_\tau(v;S,S’)\) が正ならそのマスに利いている駒の枚数が増加し、負なら減少したことを意味する。対称差と重複度の差を併用すると、攻撃対象となるマスが変わったのか、同じマスに対する攻撃の重なり方が変わったのかを区別できる。いずれの場合も、局面の一部分に生じた駒の移動が、盤面全体の攻撃関係へ及ぼす影響として記述できる。
三次元将棋でこの関係が特に重要になるのは、層をまたぐ移動と利きが存在するためである。歩兵は同じ層を前進するが、王将は上下を含む周囲のマスへ移動でき、飛車や角なども複数の層にまたがる移動条件を持つ。例えば、(5,5,5) にいる王将は、同じ層の周囲だけでなく、(5,5,6) や (6,6,6) にも利いている。このような層間の攻撃関係が存在するため、各層の利きを独立に集計しただけでは、三次元盤面全体の支配関係を再現できない。
盤面の層を分けて考える場合でも、層の内部で完結する利きと、層をまたいで作用する利きを同時に保持する必要がある。層をまたぐ一つの駒の移動によって、移動元の層、移動先の層、さらにその駒が遮っていた別の走り駒の経路が存在する層で、利きの変化が生じ得る。盤面全体の攻撃関係は、こうした層間の結合によって成立している。
この構造を集合として表せば、盤面の支配範囲は \(A_\tau(S)\)、各マスへの利きの重複は \(m_\tau(v,S)\)、局面変化による支配範囲の変化は \(\Delta_\tau(S,S’)\)、重複度の変化は \(\delta_\tau(v;S,S’)\) に対応する。これらの量は、それぞれ異なる情報を保持している。三次元将棋の盤面支配を評価するには、利いているマスの総数だけでなく、重複の分布と、駒の移動によって生じる層間の相互作用を含めた局面全体の関係が必要になる。
4. 盤面を支配していても合法な指し手が増えるとは限らない
4.1 利きと合法な指し手の相違
ある駒が相手のマスに利いていることと、そのマスへ実際に移動できることは異なる。利きは駒の移動規則と占有配置によって定まる攻撃関係であり、合法手は移動後の王将の安全性を含むすべての規則を満たす指し手である。例えば、ある飛車が相手の駒に利いていても、その飛車を動かすと自分の王将が王手を受ける場合、その捕獲は合法手にならない。移動先だけを調べるのではなく、駒を動かした後の盤面全体を評価する必要がある。
局面 \(S\) について、駒の移動規則、占有状態、持ち駒の配置条件などから得られる指し手の候補集合を \(P(S)\)、実際に指すことが許される合法手集合を \(L(S)\) と定義する。合法手は候補の中から王将の安全性などの制約を満たすものを選んだ集合なので、次の包含関係が成立する。
\[\boxed{L(S)\subseteq P(S)}\]
この包含関係は、移動候補が増えたとしても合法手が同じ割合で増えるとは限らないことを意味する。例えば、三次元将棋の王将は中央で最大 26 マスへ移動できるが、その移動先に自分の駒が存在したり、相手の利きが及んでいたりすれば合法な移動先から除外される。また、王将以外の駒についても、王将を守っていた駒を動かすことで新たに王手が発生する場合がある。合法手を決める条件は、移動する駒の周辺だけで完結するとは限らない。
王将の移動を例に、この条件を数式で表す。王将の位置を \(p\)、空盤上で一手の移動条件を満たす周囲のマスの集合を \(N_K(p)\) とする。王将を \(p\) から \(q\) へ移した候補局面を \(S[p\to q]\) と書く。この候補局面では、王将の元の位置が空き、移動先の相手駒は捕獲される場合があるため、相手の利きも移動前から変化し得る。
王将が合法に移動できる先の集合を \(E_K(S)\) とすると、移動先が自分の駒で占有されておらず、移動後に相手の利きに含まれないという条件で表せる。
\[\boxed{E_K(S)=\left\{q\in N_K(p):q\notin O_{\mathrm{自}}(S),\ q\notin A_{\mathrm{相手}}(S[p\to q])\right\}}\]
ここで \(O_{\mathrm{自}}(S)\) は自分の駒が占有するマスの集合、\(A_{\mathrm{相手}}(S[p\to q])\) は王将を移動させた後の局面で相手の駒が利いているマスの集合である。\(N_K(p)\) は盤の境界を含む王将の基本移動条件を満たすマスだけを含む。式の第一条件は味方の駒がいるマスへの移動を除外し、第二条件は移動後に王将が相手の攻撃を受けるマスを除外する。現在の手番がその王将の陣営であり、通常の王将の移動を評価していることを前提とする。
移動後の利きを用いる理由は、王将自身の移動によって駒の配置が変化するためである。例えば、移動前には王将が別の駒の攻撃経路を遮っていても、王将が移動するとその経路が開く場合がある。さらに、王将が相手の駒を捕獲した場合には、その駒が盤上から取り除かれることで、ほかの駒の利きが変化する可能性もある。したがって、移動前の利きの集合 \(A_{\mathrm{相手}}(S)\) だけを参照すると、実際の移動後に発生する攻撃や、捕獲によって消える攻撃を正しく評価できない。
王将の移動候補数と合法な移動先数の差も明示できる。候補集合 \(N_K(p)\) から、味方の駒で占有されたマスと、移動後に相手の利きを受けるマスを除いたものが \(E_K(S)\) であるため、
\[\boxed{0\le |E_K(S)|\le |N_K(p)|\le26}\]
が常に成立する。中央の王将について \(|N_K(p)|=26\) であっても、周囲の占有配置と相手の攻撃関係によって \(|E_K(S)|=0\) になる場合がある。一方、\(|E_K(S)|=0\) であっても、それだけで詰みが成立するわけではない。王将の移動以外にも、攻撃している駒を別の駒で捕獲したり、攻撃経路へ合駒を置いたりすることで王手を解除できる場合がある。
利きと合法手の違いは、三次元将棋で特に明確になる。飛車の遮断領域は座標平面上に広がり、角にも三次元固有の遮断条件がある。ある駒の移動によって離れた位置の攻撃経路が開閉するため、候補となる指し手の合法性を判定するには、移動後の局面全体に対して王将の安全性を再評価する必要がある。第 3 章で定義した利きの集合は、この再評価に必要な情報を与えるが、利きそのものが合法手の集合を表すわけではない。
4.2 詰みの成立条件
三次元将棋の公式ルールでは、相手の王将を詰ませることが勝利条件である[1]。王手とは、相手の駒が現在の王将の位置に利いている状態を指す。詰みは、その王手を受けている側が、合法な指し手によって王手を解除できない状態である。王将の位置を \(k_\tau(S)\)、相手の陣営を \(\bar\tau\) とすると、陣営 \(\tau\) の王将が王手を受けている条件は、
\[\boxed{\operatorname{Check}_\tau(S)\iff k_\tau(S)\in A_{\bar\tau}(S)}\]
と表せる。王将のいるマスが相手の利きの集合に含まれるという条件である。ここでの利きは、移動先に実際に合法手として進めるかとは区別した攻撃関係であり、王将の安全性を判定するために用いる。
王手を受けている側が手番である局面 \(S\) について、合法な指し手の集合を \(L(S)\) とする。王手を受けた局面では、合法手はすべて王手を解除する指し手でなければならない。したがって、詰みの成立条件は次のように定義できる。
\[\boxed{\operatorname{Mate}(S)\iff\operatorname{Check}(S)\land L(S)=\varnothing}\]
この式の第一条件は現在の王将が攻撃されていることを表し、第二条件はその状態から合法に選べる指し手が一つも存在しないことを表す。両方が成立したときに詰みとなる。王将が攻撃されていても合法な応手が一つでも存在すれば詰みではなく、合法手が存在しない場合であっても王手を受けていなければ、この定義による詰みには該当しない。
王手に対する応手は、攻撃の発生原因と利用できる駒の配置によって異なる。代表的な応手と成立条件を整理すると、次のようになる。
| 応手の種類 | 成立に必要な条件 | 王手を解除する仕組み |
|---|---|---|
| 王将の移動 | 移動先が盤内にあり、自分の駒に占有されず、移動後に相手の利きを受けない。 | 王将を攻撃対象のマスから移し、移動後の安全性を確保する。 |
| 攻撃駒の捕獲 | 攻撃している駒を合法に捕獲でき、捕獲後に王将への攻撃が残らない。 | 王手の原因となる駒を取り除き、攻撃関係を解消する。 |
| 合駒による遮断 | 攻撃経路に合法に駒を配置でき、その配置によって王将への攻撃を遮断できる。 | 走り駒の移動経路を塞ぎ、王将への利きを消す。 |
これらは王手を解除する仕組みの違いを示している。一つの指し手が複数の攻撃に同時に作用する場合もある。例えば、王将を攻撃している飛車を捕獲しても、別の角の利きが王将に残るなら王手は解除されない。また、合駒によって一つの飛車の経路を遮断できても、別の方向からの攻撃が残る場合には、その合駒は合法な応手にならない。詰みを判定するには、現在存在するすべての王手が、指し手の後に解消されることを確認する必要がある。
この条件は量化記号によっても表せる。合法な指し手の集合が空であるとは、候補となるどの指し手についても合法性が成立しないことを意味する。候補集合を \(P(S)\)、候補 \(u\) が合法であることを \(\operatorname{Legal}(S,u)\) と書けば、
\[\boxed{L(S)=\varnothing\iff\forall u\in P(S),\ \neg\operatorname{Legal}(S,u)}\]
となる。合法な指し手が少なくとも一つ存在する条件は存在量化 \(\exists\) で表されるのに対し、詰みの成立には、すべての候補が合法手にならないことを示す全称量化 \(\forall\) が必要になる。候補が 26 個でも 100 個でも、詰みかどうかを決める論理は同じである。一つでも合法な応手が見つかれば詰みは否定され、詰みを確定するにはすべての候補について合法な応手が存在しないことを示さなければならない。
例えば、盤面中央にいる王将の 26 個の移動候補のすべてが利用できない場合でも、別の駒で攻撃駒を捕獲できれば \(L(S)\) は空にならない。逆に、周囲の候補マスが多数残っているように見えても、それらすべてが自分の駒に占有されるか、移動後に相手の利きを受けるなら、王将の合法な移動先は存在しない。さらにほかの駒による王手の解除も成立しなければ、詰みの条件を満たす。
三次元化によって王将の移動候補が増えることは、詰みを解除できる可能性のある移動先が増えることを意味する。一方、攻撃側の駒も三次元的な利きを持ち、複数の層や方向から王将の移動先を攻撃できる。王将の周囲に何マスの空きがあるか、相手が何マスを支配しているかという個別の数値から、詰みの成立を直接導くことはできない。双方の駒の配置を与え、王将の安全性を保持する合法な応手が存在するかを判定する必要がある。
この構造は、盤面支配と勝敗条件の数学的な違いを示している。盤面支配は、現在の局面においてどのマスが攻撃されているかを表す集合である。詰みは、その集合と占有状態を利用して合法手を判定し、王手を解除する指し手が存在しないことを確認する論理条件である。三次元将棋では盤面と移動規則が拡張されても、この二つの数学的対象の役割は区別される。局面における攻撃関係が合法手の集合を制約し、その合法手の有無によって詰みが決まる。
5. 将棋の対局を局面全体の状態遷移として定義する
5.1 盤上のマスと対局の局面は異なる頂点になる
空盤上の移動グラフでは、729 個のマスが頂点であり、駒の移動規則によって二つのマスの間に辺が存在するかが決まる。王将の移動グラフの直径が 8、飛車の直径が 2 という結果は、このグラフから得られた。しかし、実際の対局では、同じマスにいる駒でも周囲の配置によって移動できる先が変わる。さらに、駒を移動すると、その後に相手が選べる指し手も変化する。対局全体の進行を表すには、一つのマスではなく、盤面全体の局面を頂点とする必要がある。
局面とは、現在の状態からどの指し手が合法であり、その指し手によって次にどの状態へ移るかを決定するために必要な情報の組である。三次元将棋では、盤上の駒の位置と種類だけでなく、各駒がどちらの陣営に属するか、成っているか、双方がどの持ち駒を持つか、現在どちらの手番かを区別する必要がある。終局判定に過去の局面や指し手の履歴が関係する規則を採用する場合には、その判定に必要な履歴情報も状態へ含める。
これらの情報をまとめ、局面を次のように定義する。
\[\boxed{S=(B,H,\tau,\eta)}\]
\(B\) は盤面配置であり、729 個の各マスについて、空いているか、どちらの陣営のどの駒が存在するか、成り状態は何かを表す。\(H\) は双方の持ち駒の種類と枚数、\(\tau\) は手番、\(\eta\) は必要に応じて終局判定などに用いる履歴情報を表す。盤面配置を写像として表すなら、各マスに空白または駒の属性を対応させる関数 \(B:V\to\mathcal P\cup\{\varnothing\}\) と定義できる。ここで \(\mathcal P\) は所属と成り状態を含む駒の属性の集合、\(\varnothing\) は空白を意味する。
状態に含める情報は、直後の合法手と状態遷移を一意に決められるだけの内容を備える必要がある。例えば、同じ盤面配置 \(B\) でも持ち駒 \(H\) が異なれば、盤上に駒を打てる候補が変わる。同じ \(B\) と \(H\) であっても、手番 \(\tau\) が異なれば次に行動する陣営が変わる。履歴依存の規則が存在する場合には、盤面、持ち駒、手番がすべて一致していても、履歴によって終局判定が異なる可能性がある。状態の定義から必要な情報が欠落すると、同じ状態から異なる判定結果が生じてしまう。
局面を構成する各情報と、その情報を省略した場合に区別できなくなる条件を整理する。
| 状態の構成要素 | 保持する情報 | 省略した場合の影響 |
|---|---|---|
| 盤面配置 \(B\) | 各マスの占有、駒種、所属、成り状態を保持する。 | 移動経路の遮断や王将の利きなど、盤上の合法手条件を判定できない。 |
| 持ち駒 \(H\) | 双方が持つ駒の種類と枚数を保持する。 | 盤上へ駒を打てるか、どの駒を打てるかを判定できない。 |
| 手番 \(\tau\) | 次の指し手を選ぶ陣営を保持する。 | 同じ盤面配置からどちらの陣営が指せるかを区別できない。 |
| 補助状態 \(\eta\) | 採用した終局規則が要求する場合、その判定に必要な履歴情報を保持する。 | 履歴依存の終局規則がある場合、同じ盤面配置でも異なる終局判定を区別できない。 |
逆に、合法手とその結果を決めるために必要な情報が状態にすべて含まれていれば、過去の対局経過を改めて調べなくても、現在の状態から次の状態を決定できる。これは状態遷移を定義する際の基本条件である。履歴が必要な規則についても、その判定に必要な情報を \(\eta\) に含めれば、同じ数学的な形式で扱える。
局面 \(S\) から選べる合法な指し手の集合を \(L(S)\)、その中の指し手を \(u\) とする。指し手によって盤面配置、持ち駒、手番などが更新された結果を \(T(S,u)\) と表せば、一手の状態遷移は、
\[\boxed{S’=T(S,u),\qquad u\in L(S)}\]
と定義できる。例えば、駒を移動する指し手では、移動元が空き、移動先の占有状態が更新される。相手の駒を捕獲した場合には、捕獲した駒が盤上から取り除かれ、持ち駒の構成も変わる。持ち駒を打つ場合には、持ち駒の枚数が減り、盤上に新たな駒が配置される。成りを伴う指し手では駒の成り状態が変わる。いずれの指し手でも、合法な一手が完了すれば手番が相手へ移る。複数の属性が同時に更新されるため、一手の結果は移動元と移動先の二座標だけでは表せない。
三次元将棋では盤面が 729 マスあり、初期状態で 372 枚の駒が存在する。盤上の配置候補だけを考えても、駒の所属、種類、成り状態によって多数の組合せが生じる。そこへ持ち駒と手番が加わるため、状態遷移の頂点数は盤面のマス数よりはるかに大きくなる。ただし、形式的に記述できる状態がすべて実際の対局で到達可能とは限らない。駒の枚数、移動規則、捕獲、成り、持ち駒の配置条件などを満たして初めて、初期局面から到達できる状態となる。
状態の集合を \(\mathcal S\) とすると、合法な指し手に対応する遷移の集合は、
\[\boxed{E=\{(S,T(S,u)):S\in\mathcal S,\ u\in L(S)\}}\]
と表せる。このとき、対局全体は有向グラフ、
\[\boxed{\mathcal G=(\mathcal S,E)}\]
として定義できる。辺に向きがあるのは、ある局面から合法に次の局面へ進めることが、その逆方向への一手の遷移も合法であることを意味しないためである。例えば、相手の駒を捕獲すると盤面と持ち駒が更新され、手番も交替する。捕獲前の局面へ戻るには、単に移動方向を逆にするだけでは足りない。
この有向グラフと、第 2 章で定義した空盤上の移動グラフには本質的な違いがある。移動グラフでは頂点がマスであり、辺は特定の駒が一手で移動できる二点の関係を表す。状態遷移グラフでは頂点が局面全体であり、辺は手番の陣営が合法に指せる一手を表す。前者の辺は駒種と座標から定義されるが、後者の辺は配置、持ち駒、手番、王将の安全性などによって決まる。
したがって、同じ飛車が同じ位置に存在する複数の局面でも、状態遷移グラフ上では異なる頂点となり得る。飛車の位置だけが一致していても、周囲に遮断する駒があれば合法な移動候補が変わり、ほかの駒の配置によって王将の安全性も変わる。空盤上の飛車が任意のマスへ高々二手で到達できるという幾何学的な定理は維持される一方、その二手を実際の対局で選べるかは状態遷移グラフの辺によって決まる。
5.2 相手の配置が次の選択肢を変える
ある局面から選択できる指し手は、現在の駒の配置に依存する。例えば、(5,5,5) に飛車が存在し、(6,6,5) に別の駒が置かれている場合、飛車から (7,7,5) への移動は遮断される。この駒が別の位置に移動して経路が開けば、飛車の移動候補が増える場合がある。しかし、その移動後に自分の王将が王手を受けるなら、増えた候補がそのまま合法手になるわけではない。盤面の占有配置は移動候補を決め、王将の安全性などの規則はその候補から合法手を選別する。
局面 \(S\) から一手で到達できる局面の集合を、合法手の集合を使って定義する。
\[\boxed{\operatorname{Succ}(S)=\{T(S,u):u\in L(S)\}}\]
\(\operatorname{Succ}(S)\) は局面 \(S\) の後続局面集合である。各合法手を実行した結果として生じる状態を集めたものであり、状態遷移グラフでは頂点 \(S\) から辺が伸びる先に相当する。合法手が存在しなければ後続局面集合は空になる。また、異なる指し手が同じ後続状態を生む可能性を含めて定義しているため、後続局面の数は合法手の数以下となる。
\[\boxed{|\operatorname{Succ}(S)|\le |L(S)|}\]
この不等式は、指し手の数と、その結果として区別できる局面の数が概念上異なることを示している。対局の分岐を指し手そのものによって数える場合には \(|L(S)|\) を用い、状態遷移グラフで異なる到達先を数える場合には \(|\operatorname{Succ}(S)|\) を用いる。いずれも現在の局面全体に依存する量であり、個々の駒の空盤上の移動先数から直接求められるものではない。
同じ飛車が同じ座標にある二つの局面でも、経路を遮る駒の有無によって後続局面集合は変化する。同じ盤面配置であっても、持ち駒が異なれば新たな駒を打つ指し手が加わる場合がある。さらに、手番が異なれば次に指す陣営が変わるため、選択可能な指し手の集合も異なる。三次元将棋の対局を記述する際に、盤面配置だけでなく持ち駒と手番を状態に含める必要がある理由は、この後続局面集合の違いにある。
既稿「量子将棋の収束を Hall の定理で厳密に求める」では、各駒に残された駒種の候補と、陣営全体の駒種の枚数制約を組み合わせることで、個々の駒の候補だけからは判断できない割当の成立条件を導いた[6]。三次元将棋では駒種の未確定性を必要とせず、確定している駒種の移動規則と、空間内の占有配置が合法手を制約する。量子将棋では候補集合の組合せが全体の割当を決めるのに対し、三次元将棋では局面全体の配置と双方の指し手が後続局面の集合を決める。いずれも個別の駒だけでは全体の成立条件を判断できないが、制約の対象と数学的な構造は異なる。
後続局面集合を繰り返し適用すると、複数手先に到達できる局面を定義できる。最初の局面を \(S_0\) とし、合法な状態遷移をちょうど \(d\) 回行って到達できる局面の集合を \(R_d(S_0)\) とする。指し手をまだ一度も実行していない段階では、到達可能な局面は初期の \(S_0\) だけである。
\[\boxed{R_0(S_0)=\{S_0\}}\]
一手先の局面集合は \(\operatorname{Succ}(S_0)\) であり、二手先の局面集合は一手先の各局面からさらに合法な一手で進める局面を集めたものである。この操作を一般化すると、
\[\boxed{R_{d+1}(S_0)=\bigcup_{S\in R_d(S_0)}\operatorname{Succ}(S)}\]
という漸化式が得られる。右辺では、ちょうど \(d\) 手で到達できるすべての局面について、その後続局面を集めている。したがって、得られた集合はちょうど \(d+1\) 手で到達できる局面を表す。同じ局面に異なる指し手の系列から到達する場合もあるため、指し手の系列数と到達可能な局面数は一致するとは限らない。
この漸化式によって、初期局面から何手先にどの状態が存在し得るかを、状態遷移グラフの到達可能性として表現できる。ただし、ここでの到達可能性は、各手番の側がある合法手を選んだ場合に、その局面へ至る指し手の系列が存在することを意味する。実際の対局では相手も自分の指し手を選択するため、自分が望む局面へ到達する経路が一つ存在するだけでは、その局面への到達を強制できることにはならない。
例えば、攻撃側がある一手を選ぶことで、次に相手を詰ませられる局面へ進める場合を考える。防御側に複数の合法な応手があり、そのうち一つの応手だけが詰みへ至るなら、詰みへ向かう経路は状態遷移グラフに存在する。しかし、防御側が別の応手を選べる以上、攻撃側が詰みを強制できるとは限らない。到達可能性が問うのは成功する指し手の系列が存在するかであり、強制可能性が問うのは相手のすべての合法な選択に対して成功する指し方が存在するかである。
この違いは、状態遷移グラフの辺を誰が選ぶかという条件から生じる。攻撃側の手番では、目的を達成するために選べる指し手が少なくとも一つあればよい。一方、防御側の手番では、相手がどの合法手を選んでも攻撃側の目的が失われないことが必要になる。状態遷移グラフを単に到達可能な局面の集合として調べる場合には、双方の選択によるこの非対称性は現れない。勝敗を強制できるかを判定するには、頂点に手番の情報を保持し、辺の選択条件を陣営ごとに区別する必要がある。
三次元将棋の空間的な移動能力は、占有配置を通じて合法手集合 \(L(S)\) を変化させ、その結果として後続局面集合 \(\operatorname{Succ}(S)\) と複数手先の到達可能性を変化させる。さらに、どの後続局面へ進むかは先手と後手の交互の選択によって決まる。盤面上のマスを頂点とする移動グラフから、局面全体を頂点とする状態遷移グラフへ数学的な対象を拡張することで、空間的な移動能力が対局の選択肢に与える影響と、その選択肢から勝敗を強制できる条件とを区別して記述できる。
6. 相手がどのように応手しても詰みを強制できる条件
6.1 存在条件と全称条件が交互に現れる
王手をかけられる指し手が存在することと、相手の王将を必ず詰ませられることは異なる。王手をかけるには、その条件を満たす合法な指し手を一つ選べばよい。しかし、相手には王将の移動、攻撃駒の捕獲、合駒などの応手を選ぶ余地がある。攻撃側が詰みを強制するには、防御側がどの合法な応手を選んでも、最終的に詰みへ到達する指し方を用意できなければならない。
例えば、攻撃側がある指し手 \(u_1\) によって王手をかけ、防御側に二つの合法な応手 \(u_{2a}\) と \(u_{2b}\) が残った場合を考える。防御側が \(u_{2a}\) を選んだ後には \(u_{3a}\) で詰ませられ、\(u_{2b}\) を選んだ後には \(u_{3b}\) で詰ませられるなら、攻撃側は防御側の選択に応じて異なる指し手を選ぶことで詰みを強制できる。一方、\(u_{2b}\) の後に詰みへ導く指し手が存在しなければ、少なくともこの三手の範囲では詰みを強制できない。攻撃側に成功する指し手が存在するという条件と、防御側のすべての応手に対応できるという条件が組み合わさっている。
攻撃側の指し手を \(u_1,u_3,\ldots\)、防御側の指し手を \(u_2,u_4,\ldots\) とすると、この関係は次の量化記号によって表せる。
\[\boxed{\exists u_1\ \forall u_2\ \exists u_3\ \forall u_4\ \cdots}\]
存在記号 \(\exists\) は、攻撃側に成功する選択肢が少なくとも一つ存在することを意味する。全称記号 \(\forall\) は、防御側が選べるすべての合法な応手について条件が成立することを意味する。各指し手の選択範囲は、直前までの指し手によって到達した局面の合法手集合である。したがって、攻撃側の三手目 \(u_3\) は、防御側が二手目に何を選んだかによって変わってよい。この量化の順序が、防御側の応手を見てから攻撃側が次の指し手を選べるという対局の構造を表している。
この違いを数学的に捉えるには、指し手の系列と戦略を区別する必要がある。指し手の系列は、実際に選ばれた手を順番に並べたものである。一方、戦略は、自分の手番で到達し得る各局面に対して、どの合法手を選ぶかを定める規則である。防御側が複数の応手を選べる場合、攻撃側の戦略はそれぞれの応手の後に選ぶ指し手を指定する。一本の指し手の系列が詰みへ到達することは、その系列に含まれていない防御側の応手について成功を保証しない。
状態遷移グラフを使うと、両者の違いをさらに明確にできる。ある局面 \(S\) から後続局面の集合 \(X\) へ進めるかを考えると、攻撃側の手番では \(X\) に属する後続局面が少なくとも一つ存在すればよい。一方、防御側の手番では、防御側が選ぶすべての合法な後続局面が \(X\) に含まれている必要がある。
\[\boxed{\begin{aligned}
\operatorname{Pre}_{\exists}(X)
&=\{S\in\mathcal S_a:\exists u\in L(S),\ T(S,u)\in X\}\\
\operatorname{Pre}_{\forall}(X)
&=\{S\in\mathcal S_d:L(S)\ne\varnothing,\ \forall u\in L(S),\ T(S,u)\in X\}
\end{aligned}}\]
ここで \(\mathcal S_a\) は攻撃側が手番の非終端局面集合、\(\mathcal S_d\) は防御側が手番の非終端局面集合である。\(\operatorname{Pre}_{\exists}(X)\) は攻撃側が自分の選択によって \(X\) へ進める局面の集合を表し、\(\operatorname{Pre}_{\forall}(X)\) は防御側がどの合法手を選んでも \(X\) へ進む局面の集合を表す。後者では合法手が存在することを明示しており、合法手が存在しない終端局面は終局規則に従って別に判定する。
二つの条件を比較すると、同じ後続局面集合に対しても、手番によって要求される条件が異なることが分かる。
| 評価対象 | 成立条件 | 条件が成立しない場合 |
|---|---|---|
| 攻撃側の手番 | 目的の局面集合へ進める合法手が少なくとも一つ存在する。 | どの合法手を選んでも目的の局面集合へ進めない。 |
| 防御側の手番 | すべての合法な応手の後続局面が目的の局面集合に含まれる。 | 目的の局面集合の外へ進む合法な応手が少なくとも一つ存在する。 |
| 防御側に合法手がない終端局面 | 王手を受けており、公式の詰みの条件を満たせば攻撃側の勝ちとなる。 | 詰み以外の終局条件に該当する場合は、その条件に従って結果を判定する。 |
この表から、詰みを強制できるかどうかは、攻撃側が選択できる経路の存在だけでなく、防御側が目的の局面集合から逃れる経路を持つかによって決まる。防御側に一つでも有効な回避手段があれば、攻撃側はその応手を含む戦略を用意する必要がある。三次元将棋では王将の周囲に最大 26 個の移動候補があり、さらに他の駒による応手も存在するため、盤面上の攻撃範囲が広くても、そのことだけで全称条件が成立するとは限らない。
Fijalkow 編『Games on Graphs』では、双方が交互に辺を選ぶグラフ上のゲームについて、到達可能性と戦略を数学的に扱っている[7]。また、存在量化と全称量化が交替する計算の理論は Chandra、Kozen、Stockmeyer によって研究されている[8]。将棋の詰みを強制する条件も、局面全体を頂点とするグラフ上で、二者が交互に後続局面を選ぶ問題として表現できる。
6.2 詰みを強制できる局面集合を固定点で求める
詰みを強制できるという条件を、状態遷移グラフ上の局面集合として定義する。攻撃側を \(a\)、防御側を \(d\) と固定し、防御側の王将が詰んだ終端局面の集合を \(M_a\) とする。これらは、攻撃側が目的を達成した局面であり、そこからさらに指し手を選ぶ必要はない。詰みの終端局面を出発点として、その局面へ強制的に到達できる局面を逆向きに求めれば、攻撃側が勝利を強制できる範囲を構成できる。
最初に、すでに詰みが成立している局面だけを集めた集合を \(W_0\) と定義する。
\[\boxed{W_0=M_a}\]
次に、\(W_t\) を攻撃側が高々 \(t\) 回の合法な状態遷移以内に、防御側の王将を必ず詰ませられる局面の集合とする。ここで一回の状態遷移は一方の陣営による一手に対応する。\(W_t\) が求められているとき、その集合へ一手で強制的に進める局面を追加すれば、\(t+1\) 手以内に詰みを強制できる局面の集合が得られる。
攻撃側の手番では、\(W_t\) に属する後続局面へ進める合法手が一つあればよい。防御側の手番では、すべての合法な応手の後続局面が \(W_t\) に含まれていなければならない。この二つの条件を使うと、次の漸化式が得られる。
\[\boxed{\begin{aligned}
W_{t+1}=W_t\;
&\cup\{S\in\mathcal S_a:\exists u\in L(S),\ T(S,u)\in W_t\}\\
&\cup\{S\in\mathcal S_d:L(S)\ne\varnothing,\ \forall u\in L(S),\ T(S,u)\in W_t\}
\end{aligned}}\]
第一項の \(W_t\) は、すでに \(t\) 手以内に詰みを強制できる局面を保持する。第二項は、攻撃側が一手を選んで \(W_t\) へ進める局面を追加する。第三項は、防御側のすべての合法な応手が \(W_t\) へ進む局面を追加する。防御側に合法手が存在しない終端局面については、王手を受けている詰みの局面を \(M_a\) に含め、それ以外の終局については対応する規則で分類する。合法手が空であるという理由だけで、すべての終端局面を攻撃側の勝ちとして分類することを避けている。
この漸化式が有限手数での詰みの強制条件を正しく表すことは、手数についての数学的帰納法で証明できる。最初の \(t=0\) では、\(W_0=M_a\) はすでに詰んでいる局面だけを含むため、定義と一致する。次に、\(W_t\) が高々 \(t\) 手で詰みを強制できる局面を正確に表していると仮定する。
攻撃側が手番の局面では、\(W_t\) へ進める合法手が存在すれば、その手を選ぶことで残り高々 \(t\) 手以内に詰みを強制できる。逆に、攻撃側が \(t+1\) 手以内に詰みを強制できるなら、最初に選ぶ合法手の後続局面は \(W_t\) に属する必要がある。防御側が手番の局面では、すべての合法な応手の後続局面が \(W_t\) に属すれば、どの応手を選ばれても残り高々 \(t\) 手以内に詰みを強制できる。逆に、一つでも \(W_t\) の外へ進む応手が存在すれば、防御側はその応手を選んで \(t+1\) 手以内の詰みを回避できる。この両方向の関係から、\(W_{t+1}\) も定義どおりの局面集合となる。
この帰納法によって、各段階で追加される局面には、攻撃側が詰みを強制できるという根拠が存在することが分かる。各 \(W_t\) は前の集合を含むため、
\[\boxed{W_0\subseteq W_1\subseteq W_2\subseteq\cdots}\]
という単調増加列を形成する。ここでの増加とは、ある局面が一度 \(W_t\) に含まれたら、それ以降の集合から除外されないことを意味する。例えば、一手で詰ませられる局面は、二手以内に詰ませられる局面でもある。より長い手数を許すことで、以前の段階で確認した詰みの強制可能性が失われることはない。
有限手数で詰みを強制できるすべての局面を集めると、
\[\boxed{W_\infty=\bigcup_{t=0}^{\infty}W_t}\]
となる。この集合は、詰みの終端から一手ずつ逆向きに、攻撃側の存在条件と防御側の全称条件を適用して得られる。現在の盤面でどのマスに利いているかという静的な情報から、双方の応手を含めた勝利の強制可能性へと数学的な対象が拡張されている。
集合 \(X\) に対して、一段階の逆向きの拡張を行う作用素を、
\[\boxed{\Phi(X)=M_a\cup\operatorname{Pre}_{\exists}(X)\cup\operatorname{Pre}_{\forall}(X)}\]
と定義する。この作用素は単調性を持つ。すなわち、\(X\subseteq Y\) なら \(\Phi(X)\subseteq\Phi(Y)\) が成立する。攻撃側が \(X\) へ進める合法手は、より大きな集合 \(Y\) へ進める合法手でもある。また、防御側のすべての応手が \(X\) に属するなら、それらはすべて \(Y\) にも属するためである。
将棋の局面集合が有限であり、必要な終局条件も状態に含まれている場合、増加列 \(W_0,W_1,\ldots\) は有限回の拡張で安定する。安定した集合を \(W_*\) とすると、
\[\boxed{\Phi(W_*)=W_*}\]
が成立する。作用素を適用しても集合が変化しないため、これを固定点と呼ぶ。さらに \(W_*\) は、詰みの終端を含み、攻撃側の存在条件と防御側の全称条件を満たす局面をすべて取り込んだ最小の固定点となる。実際、任意の固定点 \(X\) について \(W_0=M_a\subseteq X\) が成立し、単調性によって各段階の \(W_t\) も \(X\) に含まれるためである。
固定点の考え方は、Fijalkow 編『Games on Graphs』で扱われるグラフ上の到達可能性ゲームとも対応する[7]。三次元将棋では、729 マスの幾何学的な盤面ではなく、持ち駒、手番、成り状態などを含む局面全体を対象に、この固定点が定義される。
6.3 循環局面と有限手での強制
攻撃側がある局面から王手をかけ続けられるとしても、防御側が詰みを回避する応手を選び続けられる場合、有限手数での詰みの強制は成立しない。状態遷移グラフに詰みへ到達する経路が存在することと、相手の選択にかかわらず詰みへ到達させられることは異なる。防御側が詰みへ至らない経路を選べる限り、攻撃側に都合のよい指し手の系列だけを示しても、勝利の強制を証明したことにはならない。
例えば、攻撃側が王手をかけるたびに、防御側が以前の配置へ戻る合法な応手を選べる状況を考える。状態遷移グラフ上では、複数の局面が循環する閉じた経路が形成される。この経路から攻撃側が詰みへ導く分岐が存在したとしても、防御側がその分岐を避け続けられるなら、循環に入る局面は有限手数での詰み強制集合に含まれない。ただし、実際の三次元将棋で繰り返し局面に対する終局規則が適用される場合には、その規則による結果を別途判定する必要がある。
固定点による解析では、詰みを強制できる局面と、その条件を満たさない局面の関係も明確になる。\(W_\infty\) に含まれない攻撃側の非終端局面では、攻撃側のどの合法手を選んでも後続局面は \(W_\infty\) の外にある。一方、\(W_\infty\) に含まれない防御側の非終端局面では、少なくとも一つの合法な応手によって \(W_\infty\) の外へ進める。そうでなければ、その局面は固定点の定義によって \(W_\infty\) に含まれるはずだからである。
この性質は、防御側が詰みの強制を回避する仕組みを表している。攻撃側がどの指し手を選んでも有限手詰みの強制集合へ入れず、防御側が自分の手番でその集合の外に残る応手を選べるなら、攻撃側は詰みを強制できない。有限状態の到達可能性ゲームでは、防御側のこの選択を繰り返すことで、攻撃側の目的である詰みの終端への到達を回避する戦略が構成できる。実際の対局では、詰み以外の終局が生じる可能性もあるため、詰みを強制できないことと、防御側の勝利を強制できることは区別される。
一方、\(W_\infty\) に属する局面では、有限手数で詰みへ至ることを数学的に保証できる。これを示すため、各局面 \(S\in W_\infty\) に対して、初めて \(W_t\) に含まれる段階を表す値を定義する。
\[\boxed{r(S)=\min\{t\ge0:S\in W_t\}}\]
\(r(S)\) は、その局面から攻撃側が詰みを強制するために必要な状態遷移回数の最小の上限を表す。すでに詰んでいる局面なら \(r(S)=0\) である。攻撃側が一手で詰ませられる局面なら \(r(S)=1\) となる。防御側の応手を経る場合には、その応手も一回の状態遷移として数える。
攻撃側が手番の局面 \(S\) で \(r(S)=t+1\) なら、定義から、少なくとも一つの合法手で \(W_t\) に属する後続局面へ進める。したがって、攻撃側は値 \(r\) が現在より小さくなる指し手を選べる。一方、防御側が手番の局面 \(S\) で \(r(S)=t+1\) なら、すべての合法な応手の後続局面が \(W_t\) に属するため、防御側がどの応手を選んでも \(r\) は小さくなる。
つまり、攻撃側が \(r\) を減少させる指し手を選び続ければ、防御側の応手を含むすべての状態遷移で \(r\) が厳密に減少する。\(r\) は負にならない整数なので、無限に減少し続けることはできない。最終的に \(r=0\) へ到達し、詰みの終端局面に至る。これにより、\(W_\infty\) に属する局面では、詰みへ向かう経路が存在するだけでなく、防御側のすべての応手に対して有限手数で詰みへ到達する戦略が存在することが証明される。
この順位 \(r\) の減少条件は、状態遷移グラフに循環が含まれていても成立する。攻撃側が詰みを強制する戦略に従う限り、実際に選ばれる経路では \(r\) が毎回減少するため、同じ値の局面へ戻る循環を繰り返すことがない。状態グラフ全体に循環が存在することと、攻撃側が勝利を強制する経路に循環が生じることは、別の条件として区別できる。
有限の状態集合 \(\mathcal S\) に対しては、\(W_0\subseteq W_1\subseteq\cdots\) の各段階で、集合が変化するなら少なくとも一つの新しい局面が追加される。局面の総数は \(|\mathcal S|\) であるため、厳密に増加する段階は高々 \(|\mathcal S|\) 回となる。追加される局面がなくなった段階では固定点に到達し、その後の適用でも集合は変化しない。
ただし、この有限性は、終局判定に必要な情報を有限個の状態として正確に表現できることを前提とする。履歴依存の規則がある場合には、盤面配置だけで局面を同一視すると、終局条件の異なる状態を誤ってまとめる可能性がある。第 5 章で導入した補助状態 \(\eta\) には、合法手と終局判定を正しく決定するために必要な情報を保持しなければならない。
このように、詰みの強制可能性は、終端局面からの逆向きの集合演算として定義できる。攻撃側では成功する後続局面が一つ存在すること、防御側ではすべての合法な後続局面が成功集合に含まれることが条件となる。これらを反復して得られる最小固定点が、有限手数で詰みを強制できる局面の集合である。さらに各局面の順位 \(r\) を用いれば、詰みへ到達する戦略で状態遷移のたびに残り手数の上限が減少することまで証明できる。
三次元将棋では、駒の立体的な移動範囲、遮断、利きの重複、王将の安全性が、各局面の合法手集合を決定する。その合法手集合を通じて状態遷移グラフが構成され、存在条件と全称条件を交互に適用することで、勝利の強制可能性が定まる。空盤上で飛車が二手で全マスへ到達できるという幾何学的な性質と、相手の王将を有限手数で必ず詰ませられるという対局上の性質は、この状態遷移と固定点の条件によって明確に区別される。
7. 三次元将棋の勝敗は理論上どこまで決定できるのか
詰みを強制できる局面集合 \(W_\infty\) を定義できれば、ある局面から相手の王将を有限手数で必ず詰ませられるかという問題は数学的に定式化できる。しかし、集合の定義が与えられたことと、実際の初期局面がその集合に属することを証明できたことは異なる。三次元将棋では、729 マスの盤面、372 枚の初期駒、持ち駒、成り状態、手番が組み合わさるため、局面全体の状態数は非常に大きくなる。この規模が、理論上の決定可能性と具体的な勝敗の証明を分ける。
状態遷移を逆向きにたどり、詰みや勝敗が確定した終端局面から、それより前の局面の結果を決定する方法は後退解析と呼ばれる。ある局面から、次に手番となる相手にとって負けが確定している局面へ進めるなら、元の局面は手番側にとって勝ちとなる。一方、どの合法手を選んでも相手の勝ちが確定している局面へ進むなら、その局面は手番側にとって負けとなる。この関係を終端局面から繰り返し適用することで、複数手先の勝敗を決定する。将棋の王将と金将などを用いた限定的な終盤についても、Iida らによって後退解析が研究されている[9]。この研究は、盤の大きさと駒の構成を限定することで、勝敗の成立条件を具体的に調べた例である。
将棋に近い小規模なゲームでは、初期局面の理論的な勝敗まで確定された例がある。田中哲朗による「どうぶつしょうぎ」の完全解析では、相手のライオンを取れる場合は必ず取るという条件で初期局面から到達可能なすべての局面について、勝ち、負け、引き分けの理論値を求め、初期局面が後手必勝であることを示した。さらに、双方が最善を尽くした場合の勝利までの手数についても結果を得ている[10]。この研究が示しているのは、終局条件を形式化するだけでなく、到達可能な局面を分類し、それぞれに対する最善の応手まで評価することで、初期局面の結果を証明できるということである。
三次元将棋についても、理論上は同じ関係を定義できる。初期局面を \(S_0\) とし、ちょうど \(t\) 手の合法な状態遷移で到達できる局面集合を第 5 章で定義した \(R_t(S_0)\) とする。初期局面から有限回の指し手によって到達可能なすべての局面は、次の和集合として表せる。
\[\boxed{\mathcal R(S_0)=\bigcup_{t=0}^{\infty}R_t(S_0)}\]
ここで \(\mathcal R(S_0)\) は、初期局面から合法な指し手の系列によって到達できる局面の集合である。すべての配置候補がこの集合に含まれるわけではない。例えば、駒の総数が保存されること、移動規則に従って駒が移動すること、成りや持ち駒の規則を満たすことなどによって、実際に到達できる局面は制限される。したがって、盤面上に駒を並べられる組合せの総数と、合法な対局から到達できる局面数は区別する必要がある。
盤面の組合せ規模を考えるため、初期状態と同じ 372 マスが駒によって占有されている場合を取り出す。駒の種類や所属を無視し、729 マスのうちどの 372 マスが占有されるかだけを区別すると、その選び方は二項係数によって表される。
\[\boxed{\binom{729}{372}=\frac{729!}{372!\,357!}}\]
階乗記号 \(n!\) は、1 から \(n\) までの整数の積を表す。この式は、729 マスから重複なく 372 マスを選ぶ組合せ数である。ここでは占有するマスだけを区別しているため、どちらの陣営の駒が置かれているか、駒種や成り状態が何か、どちらが手番かといった情報はまだ含まれていない。実際の局面では、これらの属性によって状態がさらに区別される。一方、任意に選んだ 372 マスの配置が合法な対局で実現できるとは限らないため、この二項係数を到達可能な局面数の下限として使うこともできない。
駒種や所属まで区別した配置数を数えるには、同じ種類の駒を交換しても配置が変わらないことを考慮する必要がある。例えば、ある盤面に合計 \(m\) 枚の駒を置き、駒の属性ごとの枚数を \(n_1,n_2,\ldots,n_r\) とする。これらの枚数の合計が \(m\) である場合、属性の異なる駒を区別した配置候補数は、
\[\boxed{N(B)=\frac{729!}{(729-m)!\prod_{j=1}^{r}n_j!}}\]
となる。分子は盤上の位置の並べ方を表し、分母の \((729-m)!\) は空白マスの並べ替えによる重複を取り除く。さらに各 \(n_j!\) で割ることで、同じ属性を持つ駒同士の交換を区別しないようにしている。この値は、指定された駒の構成についての形式的な配置候補数であり、移動規則や王将の安全性、対局履歴による到達可能性は反映していない。持ち駒や手番まで含む状態空間では、盤面配置とは別の属性も組み合わせる必要がある。
このような配置の組合せ数が有限であることは、終局判定に必要な情報を有限状態として表現できる場合に、状態遷移グラフを有限集合上の問題として扱えることにつながる。ただし、履歴依存の規則については注意が必要である。盤面配置、持ち駒、手番がすべて一致していても、過去の局面の出現回数や指し手の系列によって終局判定が変わる規則を採用する場合、それらを区別する情報が必要になる。必要な履歴を有限個の補助状態へ正確に要約できれば状態グラフは有限となる。一方、過去の指し手の系列全体を長さの制限なく保持する定義では、盤面自体が有限でも状態の候補が無限に増える可能性がある。
有限の状態グラフが得られた場合、第 6 章で定義した詰み強制集合は、有限回の集合演算によって最小固定点へ到達する。各段階で新たな局面が追加されるか、追加が止まって固定点に達するかのいずれかであり、厳密に増加する段階は状態数を超えられない。これは詰みを強制できる局面の集合が数学的に決定可能であることを示す。しかし、状態数が膨大であれば、有限回という保証から現実的な計算時間まで保証することはできない。
初期局面の理論値を求めるには、まず勝利の対象となる陣営を固定し、その陣営が詰みを強制できる局面集合を決定する必要がある。先手が後手の王将を詰ませることを強制できる集合を \(W_{\mathrm{先}}\)、後手が先手の王将を詰ませることを強制できる集合を \(W_{\mathrm{後}}\) とする。両者は、それぞれの陣営を攻撃側として第 6 章の固定点を構成した結果である。
初期局面が \(W_{\mathrm{先}}\) に属していれば、先手は後手の応手にかかわらず有限手数で詰みを強制できる。反対に、初期局面が \(W_{\mathrm{後}}\) に属していれば、後手が詰みを強制できる。いずれの集合にも属さない局面については、双方とも有限手数での詰みを強制できないことが分かる。ただし、これを正式な引き分けと判定するには、繰り返し局面や詰み以外の終局をどのように扱うかというゲーム規則の定義が必要になる。
\[\boxed{\begin{aligned}
S_0\in W_{\mathrm{先}}&\implies\text{先手が詰みを強制できる}\\
S_0\in W_{\mathrm{後}}&\implies\text{後手が詰みを強制できる}\\
S_0\notin W_{\mathrm{先}}\cup W_{\mathrm{後}}&\implies\text{双方とも有限手詰みを強制できない}
\end{aligned}}\]
この関係は、初期局面の理論値を決定するために必要な証明対象を明確にしている。先手が有利に見える配置や、後手の王将を攻撃できる経路が多数存在することは、\(S_0\in W_{\mathrm{先}}\) の証明にはならない。先手が選んだ各指し手に対して、後手が取り得るすべての合法な応手を評価し、それぞれの後続局面が先手の詰み強制集合に含まれることを示す必要がある。攻撃範囲の比較から勝敗の理論値へ進むには、局面全体の状態遷移についての証明が必要になる。
さらに、詰みの強制可能性と、最善の応手を続けた場合の終局までの手数も区別できる。第 6 章で定義した順位 \(r(S)\) は、攻撃側が詰みを強制できる局面について、最悪の場合でも何回の状態遷移以内に詰ませられるかを表す。攻撃側は終局までの手数を短くする指し手を選び、防御側は合法な範囲でその手数を長くする応手を選ぶ。このような最小化と最大化の組合せによって、勝敗の存在だけでなく、最善の攻防における詰みまでの手数も理論的に求められる。
ただし、対局の完全な理論値を勝ち、負け、引き分けとして分類するには、詰み以外の終局条件と無限に継続する対局の扱いを確定する必要がある。例えば、繰り返し局面が成立した場合に引き分けとするのか、特定の指し手の継続を禁止するのかによって、合法な遷移と終端局面の分類が変わる。したがって、勝敗の完全解析では、盤面の移動規則だけでなく、終局条件を含むゲーム全体の規則が数学的な入力となる。
一般化チェスについては、Fraenkel と Lichtenstein が、一辺 \(n\) の盤面へ拡張したチェスの完全戦略決定問題が指数時間完全となることを示している[11]。これは、盤面サイズを変数とする問題の系列に対して、勝敗を決める計算の難しさを示した結果である。三次元将棋は駒の移動規則、持ち駒、成り、遮断領域などが異なるため、同じ計算量の結論を直接適用することはできない。また、盤面サイズを 9 に固定した一つのゲームについての計算規模と、盤面サイズを変数とした問題系列の計算量は別の対象である。三次元将棋固有の計算量を論じるには、どの要素を入力として変化させるかを定義し、その問題に対する計算量の上限や下限を証明する必要がある。
既稿「無限より先に、有限が手の届かない大きさになる」では、有限な対象を数学的に指定できることと、有限な計算資源でその全体を調べられることを区別した[12]。三次元将棋でも、状態空間の有限性、勝敗を決める理論の存在、特定の局面についての証明、初期局面の完全解析は、それぞれ異なる達成条件である。数学的に定義された固定点が存在しても、そこに含まれるすべての局面を具体的に列挙できるとは限らない。
これまでの数理モデルによって得られる結果と、追加の証明を必要とする対象を整理すると、次のようになる。
| 到達段階 | 数学的に何が定まるか | 追加で必要な条件 |
|---|---|---|
| 空盤上の移動 | 王将の移動グラフの直径は 8、飛車の直径は 2 と証明できる。 | 駒種と座標による移動規則だけで成立する。 |
| 盤面の利き | 攻撃マスの和集合、各マスの利きの重複度、配置変更による利きの変化を定義できる。 | 全駒の占有配置と、三次元固有の遮断規則が必要になる。 |
| 詰みの判定 | 王手が成立し、それを解除する合法な応手が存在しないという条件で判定できる。 | 現在の局面で選択できるすべての合法手を確定する必要がある。 |
| 詰みの強制 | 攻撃側の存在条件と防御側の全称条件を交互に適用した最小固定点で特徴付けられる。 | 相手のすべての応手を含む状態遷移と、詰みの終端局面を定義する必要がある。 |
| 初期局面の理論値 | 初期局面がどちらの陣営の勝利集合に属するか、または双方の勝利集合の外にあるかによって、有限手詰みの強制可能性を判定できる。 | 初期局面について固定点への所属を証明し、詰み以外の終局条件も含めて評価する必要がある。 |
この表では、上の段階で定義した数学的対象を、下の段階の判定条件として利用している。空盤上の移動規則から利きの候補が定まり、実際の占有配置を与えることで利きが確定する。その利きを利用して合法手を判定し、合法手から状態遷移グラフを構成する。状態遷移グラフに攻防の選択条件を適用することで、有限手詰みの強制集合が定まる。初期局面の理論値を確定するには、最後にその初期局面がどの集合へ属するかを証明しなければならない。
三次元将棋について数学的に確定できる範囲は、この段階によって明確になる。王将と飛車の空盤上の移動距離は、座標条件から厳密な値を導ける。盤面全体の利きと合法手は、具体的な局面が与えられれば規則に基づいて定義できる。詰みを強制できる局面集合は、状態遷移に対する最小固定点として特徴付けられる。一方、初期局面について先後のどちらが勝利を強制できるかは、これらの定義だけでは決まらない。初期局面が対応する勝利集合に含まれることを、状態遷移全体に基づいて証明する必要がある。
盤面が三次元へ拡張されたことで、駒の幾何学的な移動能力と状態空間の規模は大きく変化する。しかし、初期局面の勝敗を決める論理は、攻撃側が成功する指し手を選び、防御側がどの応手を選んでもその成功を回避できないことを確かめるという条件に帰着する。三次元将棋の勝敗を理論上どこまで決定できるかは、この論理条件をどこまで具体的な局面について証明できるかによって区別される。
8. 三次元化した盤面の支配と勝敗はどのようにつながるのか
三次元将棋では、盤面を平面から立体へ拡張することで、駒の移動範囲と駒同士の干渉関係が同時に変化する。王将は中央で最大 26 マスへ移動でき、飛車は一つの座標を固定した平面上へ移動できる。空盤上の移動グラフでは、王将の直径が 8、飛車の直径が 2 となり、飛車はどの位置からでも 216 マスへ一手で到達できる。これらの値は、三次元空間での移動規則から導かれる厳密な幾何学的性質である。しかし、駒の移動範囲を増やすことと、相手の王将を詰ませる能力を増やすことは、異なる数学的な条件に支配されている。
空盤上の移動グラフでは、各辺の存在は駒種と座標によって決まる。一方、実際の局面では、駒の占有によって移動経路が遮断され、同じ座標間であっても移動の成立条件が変化する。例えば、(5,5,5) にいる飛車は、空盤上では (7,7,5) へ一手で移動できる。しかし、(6,6,5) に別の駒が存在すれば、その経路は遮断される。この駒を移動させると、飛車から複数のマスへ向かう経路が同時に開く場合がある。三次元将棋では、個々の移動先を決める座標条件に加え、移動元と移動先の間に広がる遮断領域の占有状態が、実際の移動可能性を決定する。
盤面全体の支配関係にも、同様の相互依存が存在する。第 3 章で定義した陣営の利きの集合 \(A_\tau(S)\) は、少なくとも一枚の駒が利いているマスを表し、重複度 \(m_\tau(v,S)\) は、マス \(v\) に何枚の駒が利いているかを表す。両者の差は、利きの重複を数える恒等式によって結ばれる。
\[\boxed{\sum_{i\in I_\tau(S)}|A_i(S)|-|A_\tau(S)|=\sum_{v\in V}\max\{m_\tau(v,S)-1,0\}}\]
この式は、個々の駒の利きの合計が同じであっても、盤面全体で攻撃しているマスの数が異なり得ることを示す。例えば、あるマスを二枚の駒が利いている状態から一枚だけが利いている状態へ変わっても、そのマスは依然として陣営の利きの集合に含まれる。一方、一枚だけが利いていた状態から利きが消えれば、そのマスは和集合から除外される。王将が安全に移動できるかを判定する場合、相手の利きが一枚でも残っていれば、そのマスは安全な移動先にならない。複数の攻撃を一つ解除することと、王将の逃げ道を一つ確保することは、同じ結果を意味しない。
三次元化は、この関係を複数の層にまたがる問題へ拡張する。王将が中央で移動できる最大 26 マスは、同じ層の 8 マスと、上下の層の各 9 マスから構成される。攻撃側がこれらの移動先を制限するには、同じ層の攻撃だけでなく、上下の層から作用する利きも考慮する必要がある。しかも、王将の移動によって別の走り駒の遮断が解除されれば、移動前には攻撃されていなかったマスが、移動後には攻撃対象となる場合がある。王将の安全性は、現在の利きの分布だけでなく、候補となる移動を実行した後の局面によって決まる。
盤面上の支配から合法手へ進む段階では、さらに別の条件が加わる。ある駒が移動先に利いていても、その駒を動かすことで自分の王将が王手を受けるなら、その移動は合法手にならない。王将の移動先がすべて相手に攻撃されていても、別の駒による捕獲や合駒で王手を解除できれば、詰みは成立しない。したがって、陣営が利いているマスの数と合法手の数は、一般には単調な大小関係で結ばれない。攻撃範囲が拡大しても、王将の安全性を維持できる指し手が同時に減少する局面があり得るためである。
この違いは、数学的な対象をマスから局面全体へ移すことで明確になる。空盤上の移動グラフ \(G_k\) は、駒種 \(k\) の幾何学的な移動能力を表す。局面 \(S\) の利きの集合 \(A_\tau(S)\) は、占有配置によって変化する攻撃関係を表す。合法手集合 \(L(S)\) は、これらの攻撃関係と王将の安全性、持ち駒、手番などの規則から決まる。そして合法な指し手による遷移 \(T(S,u)\) が、局面全体を頂点とする状態遷移グラフ \(\mathcal G\) を構成する。移動グラフ上で到達可能な二点が存在することと、状態遷移グラフ上でその移動を含む合法な対局経過が存在することは、異なる成立条件である。
さらに、状態遷移グラフに詰みへ至る経路が存在することも、詰みを強制できることを保証しない。攻撃側がある指し手を選んだ後、防御側が詰みへ至る応手と、詰みを回避する応手の両方を選べるなら、防御側は回避する応手を選択できる。攻撃側が詰みを強制するには、自分の手番では成功する指し手を少なくとも一つ選べること、防御側の手番ではすべての合法な応手の後にも成功を継続できることが必要になる。これは、攻撃側の存在条件と防御側の全称条件が交互に現れる構造である。
第 6 章で導いた有限手詰みの強制集合 \(W_\infty\) は、この条件を最小固定点として表している。詰みの終端局面を出発点とし、攻撃側がその集合へ進める局面と、防御側のすべての合法な応手がその集合へ進む局面を繰り返し追加することで、有限手数で詰みを強制できる局面が定まる。さらに、各局面が初めて集合へ含まれる段階を順位 \(r(S)\) とすれば、攻撃側はその値を減少させる指し手を選ぶことで、防御側のどの応手に対しても有限回の状態遷移で詰みへ到達できる。
この結果によって、盤面支配と勝敗の間に必要な論理が明確になる。あるマスを攻撃できるという関係は、現在の局面の性質である。ある指し手が合法であるという関係は、移動後の局面を含む性質である。詰みを強制できるという関係は、相手が選べるすべての応手と、その後の状態遷移を含む性質である。これらは同じ対局に属する情報だが、順に条件を追加して初めて勝敗の強制可能性を判定できる。
三次元将棋で厳密に定まる移動能力や利きの関係から、勝敗に関する結論を導くために必要な追加条件を整理する。
| 数学的な主張 | 直ちには導けない結論 | 追加で必要になる条件 |
|---|---|---|
| 王将の移動候補(最大 26 マス) | 王将が安全に逃げられるという結論は得られない。 | 移動先の占有と、王将を動かした後の相手の利きを調べる。 |
| 飛車の空盤上の移動(216 マス) | 実際の局面で 216 通りの合法な移動があるという結論は得られない。 | 途中の遮断、自駒の占有、移動後の王将の安全性を調べる。 |
| 利きの和集合と重複度 | 相手の王将が詰んでいるという結論は得られない。 | 王手の有無と、王手を解除する合法な応手の不存在を確かめる。 |
| 詰みへの到達経路 | 攻撃側が詰みを強制できるという結論は得られない。 | 攻撃側の指し手の存在と、防御側のすべての合法な応手を評価する。 |
三次元将棋の初期局面の理論値を求めるには、先手または後手の詰み強制集合に初期局面が属することを証明する必要がある。空盤上の移動グラフの直径や辺数、ある局面での利きの総数、王将の移動候補数は、その証明に利用する局所的な情報を与える。しかし、初期局面の勝敗を確定する条件は、相手の応手を含めた状態遷移の全体にある。有限の局面集合と終局条件を正確に定義できる場合には、固定点によって勝利を強制できる局面を特徴付けられるが、その初期局面に関する所属判定には別途証明が必要となる。
三次元将棋において、王将の移動候補が最大 26 マスへ増えることは厳密に証明できる。しかし、その増加が王将の安全性を高めるか、攻撃側が詰みを強制する条件を厳しくするかは、局面全体の配置と合法な状態遷移によって決まる。空間上で移動できる範囲の大きさと、相手の選択を含めて実現できる結果の間には、盤面支配、合法手、交互の状態遷移という数学的な条件が存在する。三次元将棋の盤面と勝敗を結びつける構造は、この条件の積み重ねとして導かれる。
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