仕事というのは生計を立てるための手段であり、目的ではない。まあ、ほとんどの人にとって、当たり前のことだ。

そんな中、自称ホワイト企業でも幹部候補は若い頃死ぬほど働いているとか、二十代は死ぬほど仕事漬けになったほうが良い少なくとも自分はそうだったとかいう、クソみたいな人間ってまだいるらしい。仮にそういうのが当たり前の世界であったとして、若い男女とくに女性は婚期や出産可能な時期を逃すだろうし、仕事の代わりに得られるはずだった若い時代の人生経験も得られないことになる。そりゃあ仕事中毒の人は幸せだろうけれども、これでは幸せになれるのは一部の限られた人間だけというような世界観である。ちなみにこの話は学生時代をお受験お勉強漬けで過ごした人々にも同様のことが言える。

ちなみに若くして管理職になるというのは、大体において組織の中で幹部候補となること、すなわち冒頭に書いたような働き方をすることになる。そりゃ管理職になりたくない若者が増えるのもわかる。経営権も無い使用人でなおかつ労働基準法にも守られないのであれば、いわば立派な奴隷なのであって人権が無いのである。もしそれでもどうしてもそこまでやるというのであれば、生え抜きで経営層まで成り上がり使用人を雇用する側にならないとダメだよな。

そういえば、いかにも低俗な雑誌に出そうなキーワードで一生平社員という言葉がある。これはすごい言葉で、まずそもそも一生サラリーマンをやるんですかあなたは、という話である。まさに人生と会社が一体となっている人間の価値観から生まれた言葉だ。少なくとも現在の日本においては 60 歳で定年を迎える企業がほとんどであり、それに対して人生は 100 年続くというのに、一生という言葉はまるで会社が人生そのものになっているということを示しているのである。きっと会社の序列がカースト制度のように人間の序列そのものになっているのだろう。二十一世紀にもなってカースト制度の支配下にある人間というのは、いやはや大変ですね。

人間というのは誰しもがポジショントークを多かれ少なかれしている。認知のバイアスというのも多少なりともある。今回挙げたような例は、人間が如何に自分の置かれた立場を正当化したいと無意識のうちに思ってしまうか、ということである。人間というのは思ったほど合理的な生き物では無いのだ。

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