謎の疫病が流行りに流行ってついに三度目の緊急事態宣言が出た。対象は東京、大阪、京都、兵庫。

緊急事態宣言の矛先としては、飲食店、百貨店、テーマパーク、イベント、学校、交通、県外移動だという。ところがコロナマップをよくよく見ると、新宿区や渋谷区などの一部の都心部を除いて、感染者の大半は高齢者施設と病院に集中していることがわかる。つまり都内といえども、日々テレワークで通勤など一切せず、通学して集団生活をする家族もおらず、電車などの公共交通機関も利用せず、地元で普通に生活をしている限り、この疫病にかかる確率はそれほど高くないとは思える。

にもかかわらず、この令和の時代に灯火管制まで敷いて危機感を煽る。過去の緊急事態宣言の検証もろくにしていないのだから、すなわち効果の有無はそっちのけでとにかく人々をビビらせてやった感を出そうということであり、批判が続出するのも当然であろう。

そもそも、この疫病に対する唯一の具体的な対策としては、ワクチンを接種することだ。とにかくさっさと注射係を集めてワクチンを打て。

ところが残念なことに世界の接種状況を見ると、この日本という国は先進国の中で圧倒的に劣後している。

この一年、一体何をしていたのか。これはひとえに、有事の際の医療体制を平時から整備しておかなかった報いである。

ではなぜこのような先進国の中で圧倒的ビリといった事態になってしまったのか。これは日本人が保守的な民族であることが原因である。この一面だけを見ると、日本人はとても愚かなように見えるが、物事は多面的にとらえる必要がある。たとえば地震などの災害への対応スピードや復興の速度など優秀な面もある。秩序を大切にするし、人の和を乱すようなことも控える。そういう民族だ。たとえば水がきれいという一面だけでも日本は優れている。世界のいろいろな国をよく調べてみると、先進国ですらとんでもないメチャクチャな側面も見つかる。日本がなぜ世界の先進国と言われているのかそのゆえんを振り返ってみるべきだ。

それに加え高齢化が進んでいるため、ますます慎重な思考になりがちであろう。エイヤッと新しいことに挑戦するのはなかなか難しいが、それはリスクとリターンのどこを取るかという選択でしかない。今回はこのように保守的で横に倣えという体質が負の側面として現れてしまったものである。だから日本の良いところも忘れないほうが良いだろう。そして今までの日常生活においてどれだけその恩恵に預かっているのかも考えてみたほうが良い。ただ文句を言うだけなら簡単だからだ。ソーシャルメディアなどの発言を見るときは、発言者についてそのような目線で分析してみると冷静になれると思う。

そんなわけだから、このただでさえ狭っ苦しい東京で開催予定であった大規模な運動会をこの期に及んでもやめると誰も言えない。責任を取りたくないからだ。この点も責められまい。為政者にも生活があり家族がある。誰が率先して悪者となりたいだろうか。ひとつ間違えれば、本人だけでなく家族にも影響が及ぶかもしれないのだ。責任を回避するというのは大切なことだ。

ただ、運動会自体は開催したほうが良いだろう。なぜなら、ここでウッカリ中止になってしまうと、すっかり騒動を忘れた二十年後くらいに東京でもう一度リベンジしましょうみたいな流れになりかねないからだ。このワクチン接種も遅々として進まないクソみたいな状況下で無理やり開催強行して、世界の誰もが東京で二度と運動会やるなと非難轟々、採算も大赤字と散々な結果に終わり、国内外の誰もが史上最悪の大会でしたねと記憶し、歴史に汚名を刻んで終わるのが最も望ましい。

なんにせよ、この騒動というのは数年経って落ち着いた頃に振り返って、よく分析してみたいものだ。

ところで未就学児がいる我が家は政府の宣言に関係なく常に緊急事態宣言中です。

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