神経が持つ情報量と経験が成立する条件を分ける

外界について多くの情報を保持できる系は、区別できる状態の数も多い。視覚で細かな形や色の違いを識別でき、音の高さや方向を精密に区別でき、身体内部の変化まで細かく捉えられるなら、その系が取り得る内部状態も増える。経験内容の差異を内部状態の差異として保持するためには、それらを区別できるだけの情報容量が必要になる。この意味で、情報量は経験を構成する材料の範囲を制約している。

しかし、区別できる状態が増えることと、それらの状態が一つの経験として成立することの間には、別の構造が入る。たとえば、100 個の状態を区別できる二つの系があったとしても、一方では各状態が互いに独立した局所処理として終わり、他方では複数の状態が同時に参照され、一つの現在状態を構成している場合がある。区別できる状態数が同じでも、情報がどこまで共有されるか、現在状態が次の状態更新へ使われるか、過去の状態との連続性が保たれるかによって、系全体の振る舞いは変わる。

この差は、情報の「量」と情報同士の「関係」を分けると見えやすい。情報量は、系がどれだけ多くの状態を区別できるかを表す。一方、統合は複数の状態がどの範囲で同時に利用されるか、自己参照は系自身の状態が次の処理へどのように入力されるか、主体への帰属は複数の局所状態がどの範囲で一つの持続した系の状態として結び付くかを扱う。第一人称的な質としてのクオリアを加えるなら、さらに、その状態が系にとってどのように現れるかという問いが残る。

これらの段階には依存関係がある。下位で区別できる状態が少なければ、上位で統合できる内容の種類も制約される。視覚系が赤と緑を同じ内部状態としてしか扱えなければ、その差を上位の統合過程だけで新たに復元することはできない。反対に、赤と緑を精密に区別できる内部状態が存在しても、その二つが他の感覚、記憶、身体状態とどのように統合され、自己の現在状態として利用されるかは、情報容量とは別の条件によって決まる。情報容量は上位の経験を成立させる材料を制約するが、材料の量から経験の構造までは一意に決まらない。

意識やクオリアを情報という語で記述するとき、この二つの軸を混ぜると議論の対象がずれる。「どれだけ多くの状態を区別できるか」という問いと、「その状態がどのような関係を持ち、一つの現在、一つの自己、一つの経験として成立するか」という問いは、同じ系を異なる側面から記述している。情報容量、統合、自己参照、主体、クオリアを段階として分けることで、どの条件がどの現象を説明しているのかを追えるようになる。


1. 情報を持つことと経験することは同じ条件で決まらない

情報量は、異なる状態をどれだけ区別できるかに関係する。視覚なら、似た二つの向きや色を内部状態からどこまで区別できるかという形で現れる。記憶なら、複数の出来事を異なる状態として保持し、あとから取り違えずに取り出せる範囲として現れる。区別できる状態の種類が増えれば、系が保持できる差異も増える。

この量だけからは、各状態の間にどのような関係があるかまでは決まらない。四つの状態を持つ系でも、各状態が互いに独立して存在する場合と、複数の状態が同時に利用され、その組み合わせが次の状態を決める場合とでは、内部構造が異なる。前者では情報が局所的に保持され、後者では複数の情報が一つの処理過程へ結び付けられる。区別可能な状態数が同じでも、状態間の接続と更新規則が変われば、系全体が利用できる情報の意味も変わる。

意識を考えると、この関係構造が中心になる。複数の感覚や記憶が同時に存在するとき、それらが一つの現在状態として利用されるには、局所的な情報が互いに接続される必要がある。さらに、その現在状態が次の判断や行動へ影響するには、統合された状態が後続の処理へ渡されなければならない。系が自らの状態を処理対象として利用するなら、現在状態から次の状態への更新に自己参照の経路も加わる。

既稿「クオリアとは何か」では、意識状態、体験内容、報告可能性、自己帰属、感じそのものを分け、第三人称的に観測できる処理と第一人称的な質を区別した[1]。「意識とは何か」では、意識を観測者という持続構造の内部で、複数の状態を単一の現在として統合し、その統合状態を自己参照的に利用しながら更新する過程として位置づけた[2]。「意識の定義を数理モデルで記述する」では、その関係を状態空間、統合、自己参照、更新ループとして形式化した[3]。

この整理では、情報量は意識から切り離された別の量ではなく、意識を構成する下位条件の一つになる。経験内容の違いを保持するには、それぞれに対応する内部状態を区別できる必要がある。その区別が失われれば、上位の統合過程が利用できる差異も失われる。一方、区別可能な状態が存在するだけでは、それらが同時に利用され、一つの現在へ統合され、自己の状態として更新される経路までは決まらない。

段階 成立すること 不足すると失われるもの
情報の保持 異なる入力や内部状態を区別した状態として保持できる。 状態間の差異そのものを上位の処理へ渡せなくなる。
情報の統合 複数の局所状態を同時に利用し、一つの現在状態を構成できる。 情報が局所処理へ分断され、複数の内容を一つの状態として扱えなくなる。
自己参照 現在の内部状態を系自身の次の状態更新へ利用できる。 処理結果を自らの状態として継続的に更新する経路が成立しなくなる。
主体への帰属 複数の局所状態が時間をまたいで一つの持続した系の状態として結び付く。 個々の処理が存在しても、それらを一つの主体の状態としてまとめる単位が定まらなくなる。
クオリア 成立した状態が第一人称的な質を伴って現れる。 機能的な情報処理の記述だけでは、状態がどのように経験されるかという問いが残る。

この整理では、下位から上位へ単純に量を足しているわけではない。情報の保持から統合へ進むときには状態間の接続が加わり、統合から自己参照へ進むときには現在状態を更新へ戻す経路が加わる。主体への帰属には、それらの処理を時間的に持続する一つの系として維持する境界が必要になる。各段階で追加されるのは情報の個数ではなく、情報同士を結び付ける関係と、その関係を維持する動的な構造である。

そのため、情報容量についての問いには独自の意味がある。下位層が保持できる差異の数に厳しい上限があれば、上位層はその範囲を越えた内容を材料として利用できない。下位層の容量が大きければ、統合や自己参照に利用できる候補状態は増える。しかし、候補が増えることと、それらが一つの主体の現在状態として組織されることは別の因果過程である。情報量を意識の十分条件として扱わず、上位構造を支える制約条件の一つとして置くことで、情報、意識、主体、クオリアの関係を同じ尺度へ押し込まずに記述できる。


2. 情報からクオリアまでには異なる説明階層がある

本稿では、情報の保持、情報の統合、自己参照、主体への帰属、クオリアを、五つの説明階層として整理する。

情報量、統合、自己参照、主体、クオリアを一つの尺度で扱うと、下位層で測定できる量が、そのまま上位層の性質まで表しているように見えてしまう。たとえば、ある系が外界の状態を細かく区別できることから、その情報が一つの現在として統合されていることや、その現在が一つの主体に帰属していることまでは導けない。各段階では、直前の段階に存在する情報を材料として利用しながら、それとは別の関係構造が加わる。

この違いは、同じ情報を持つ二つの系を考えると分かりやすい。どちらも赤と緑、丸と四角、右と左を同じ精度で区別できるとしても、一方ではそれぞれの識別結果が独立した局所処理として終わり、他方では色、形、位置が同時に参照され、一つの対象状態として更新されることがあり得る。保持される情報量が同じでも、情報同士の接続が異なれば、その情報を一つの状態として利用できる範囲が変わる。

さらに、統合された状態が存在しても、その状態が系自身の次の状態更新へ使われるとは限らない。外界についての統合表現を生成する処理と、自らの現在状態を参照して判断や行動を変える処理は、機能として区別できる。自己参照が成立すると、系は外界だけでなく「現在の自分がどの状態にあるか」を処理対象へ含められる。ここで追加されるのは情報量そのものではなく、現在状態を更新経路へ戻す再帰的な関係である。

主体への帰属では、さらに時間的な連続性と系の境界が関係する。ある瞬間の脳内に多数の統合状態が存在しても、それらが時間をまたいで一つの系の状態として維持されるには、記憶、自己維持、身体状態、環境との相互作用を含む閉ループが必要になる。局所的な情報処理がどれだけ高精度でも、それを「一つの主体の現在」としてまとめる単位は、局所情報量だけからは決まらない。

クオリアでは、さらに別の説明要求が加わる。赤と緑を区別できること、色と形を統合できること、その状態を自己参照できること、一つの主体の現在として維持できることをすべて記述しても、「赤が赤く見える」という第一人称的な質がなぜ伴うのかという問いは残る。ここまで進むと、情報処理として第三人称的に記述できる構造と、その状態が主体にとってどのように現れるかという側面を分けて扱う必要がある。

段階 問われる内容 直前の段階に加わる条件 その段階で決まること
情報の保持 系の状態から外界や内部状態をどれだけ細かく区別できるかを問う。 状態間の差がノイズに埋もれず、識別可能な形で保持される必要がある。 上位の処理が利用できる状態差の範囲が決まる。
情報の統合 異なる場所や時点に分散した情報が、一つの処理状態として同時に利用できるかを問う。 局所情報を結び付け、相互に利用可能にする接続と処理過程が加わる。 複数の情報を一つの現在状態として扱える範囲が決まる。
自己参照 系が自らの現在状態を参照し、その内容を次の状態更新へ利用できるかを問う。 統合された状態を系自身の更新経路へ戻す再帰的な構造が加わる。 外界だけでなく、自らの状態を処理対象として扱えるようになる。
主体への帰属 複数の局所状態が、どの範囲で一つの主体の現在として成立するかを問う。 時間的持続、自己維持、身体状態、環境との閉ループによって系の境界が維持される。 局所処理を一つの持続した主体の状態としてまとめる単位が定まる。
クオリア 成立した状態が第一人称的な質を伴って現れる条件を問う。 機能と情報処理として記述できる構造と、第一人称的な現れとの関係を説明する必要がある。 状態が主体にとってどのように経験されるかという問いが対象になる。

既稿「クオリアの境界の内部構造を突き詰める」では、入力、記憶、身体、自己モデル、予測、評価など第三人称的に記述できる構造を積み上げ、その構造が主体にとって現れる第一人称的な側面との境界を整理した[4]。「主体は何を単位として成立するのか」では、主体を局所状態の単純な集合としてではなく、自己参照、閉ループ、時間的持続によって一つの系として維持される構造として捉えた[5]。「クオリアは脳だけでは説明できない」では、その系の境界を脳内に閉じず、身体、内受容、自己維持、環境との循環まで含めて整理した[6]。

これらの既稿が共通して扱ってきたのは、上位の性質が下位の量を単純に増やした結果として成立するのではなく、段階ごとに新しい関係条件が加わるという構造である。情報保持から統合へ進むときには局所状態間の接続が加わり、統合から自己参照へ進むときには現在状態を更新へ戻す経路が加わる。主体への帰属では、その処理を時間的に維持する境界が加わり、クオリアでは第三人称的に記述された構造と第一人称的な現れとの対応が問われる。

この階層関係では、下位層の測定値が上位層の測定値へそのまま置き換わるわけではない。一方で、下位層の制約は上位層が利用できる可能性を限定する。視覚系が二つの刺激を同じ状態としてしか保持できなければ、後段の統合処理はその差を材料として利用できない。反対に、極めて多くの刺激を区別できても、それらを結び付ける統合経路、自己参照、主体の持続構造が不足すれば、その情報量だけから一つの経験の成立までは導けない。

このため、上位層との関係を考えるときに必要なのは、「情報量が多いか少ないか」という一つの軸ではなく、どの層の制約がどの層まで伝わるかを見ることである。情報容量は統合可能な内容の範囲を制約し、統合構造は自己参照に利用できる現在状態を制約し、自己参照と時間的持続は主体として維持される状態の範囲を制約する。各層の条件を分けることで、下位層の測定結果を上位概念へ過剰に一般化せず、それでも下位層の変化が上位層へどのような制約を与えるかを具体的に追える。


3. 下位層の制約は上位層を拘束する

説明階層を分ける目的は、下位層と上位層を互いに無関係なものとして扱うことではない。上位層は、下位層で成立した状態を材料として構成される。視覚系が赤と緑を内部状態として区別できなければ、その差異を統合状態へ取り込み、自己状態として参照し、判断や行動へ利用する経路も成立しない。下位層で失われた差異は、上位層へ進んだ後から復元できる情報として残らない。

この拘束は、情報量そのものよりも、上位層が利用できる状態空間の広さとして現れる。下位層が 2 種類の状態しか区別できないなら、その差異を材料として作れる上位状態にも制約がかかる。10 種類、100 種類と区別可能な状態が増えれば、上位層が組み合わせられる候補も増える。下位層の情報容量は、上位層が取り得る状態を直接決定するわけではないが、その候補集合の外枠を与える。

一方、候補集合が広いことから、一つの上位状態が自動的に成立するわけではない。赤と緑を精密に区別でき、形、位置、音、身体状態についても多数の差異を保持できる系であっても、それぞれの情報が互いに隔離されたままなら、一つの現在状態として利用される範囲は狭い。局所状態どうしを結ぶ経路があり、複数の情報が相互参照される構造が加わることで、初めて下位層の情報を統合状態として利用できる。

自己参照でも同じ関係が続く。統合された現在状態が存在しても、その内容が系自身の次の状態更新へ戻らなければ、外界についての統合表現として処理が完結する。現在状態を次の判断、予測、行動選択へ入力する再帰的な経路が加わると、系は自らの状態を処理対象として扱えるようになる。ここでも、必要なのは情報量の追加というより、既に存在する状態を別の処理段階へ接続する関係構造である。

主体への帰属では、空間的な接続に加えて時間的な持続が必要になる。ある瞬間に多数の情報を統合できても、その状態が直前と直後の状態から切断されていれば、一つの持続した主体の状態として扱う根拠は弱くなる。記憶、身体状態、自己維持、環境との相互作用が時間をまたいで閉ループを形成することで、局所的な処理は一つの系の履歴へ組み込まれる。下位層の情報容量が広げるのは、その履歴へ取り込める状態の候補であり、履歴そのものを成立させる構造は別に必要になる。

この関係は、必要条件と十分条件を分けると整理しやすい。ある上位状態が成立するために特定の下位情報が必要なら、その情報を保持できることは必要条件になる。しかし、必要な情報がすべて存在することから、その上位状態が成立するとは限らない。材料がそろうことと、材料が特定の関係へ組織されることは別の条件だからである。

下位層で起きること 上位層へ伝わる拘束 追加で必要になる構造
区別できる状態数が増える 上位処理が利用できる状態候補の範囲が広がる。 候補を一つの現在状態へまとめる統合構造が必要になる。
ノイズによって状態差が失われる 上位処理へ渡せる差異そのものが減る。 残った情報を結び付ける接続や自己参照の経路は別に必要になる。
情報容量の上限が高くなる 上位層が利用できる状態空間の上限も広がり得る。 主体として時間的に維持される境界や閉ループが必要になる。
複数の情報が統合される 一つの現在状態として同時に利用できる範囲が広がる。 その状態を系自身の更新へ戻す自己参照構造が必要になる。
自己参照が成立する 系自身の現在状態を判断や行動の条件として利用できる。 状態を時間的に持続した一つの主体へ帰属させる構造が必要になる。

下位層から上位層へ伝わるのは、完成した上位状態そのものではなく、成立可能性への制約である。情報容量が小さければ、上位層で利用できる差異も狭くなる。容量が広がれば、利用可能な状態候補も増える。しかし、その候補を一つの現在へ統合し、自己参照し、時間的に維持し、主体へ帰属させる過程は、それぞれ固有の構造を要求する。

この区別から、情報容量には独立した検討価値が生じる。情報量を意識やクオリアそのものの尺度として扱う必要はない一方、下位層に存在する情報上限は、その上に構成される状態の可能範囲を実際に制約する。下位層がどれだけ多くの差異を保持できるのか、その上限が有限なのか、有限であるなら何がその境界を決めるのかという問いは、統合、自己参照、主体、クオリアの成立条件を論じる前段階として独立して成立する。


4. 情報容量の上限は何によって決まるのか

下位層の情報容量という問題を神経系へ移すと、「神経細胞を増やしたとき、刺激について読み取れる情報はどこまで増えるのか」という具体的な問いになる。視覚刺激を受けた神経細胞は、刺激の向きや位置などに応じて発火の仕方を変える。しかし、同じ刺激を何度繰り返しても、各神経細胞が毎回まったく同じ活動を示すわけではない。刺激によって決まる平均的な応答に、試行ごとの揺らぎが重なって観測される。

このとき、情報量を決めるのは平均応答の違いだけではない。二つの刺激に対する平均応答が十分に離れていても、試行ごとの揺らぎが大きければ、実際に一回観測した神経活動からどちらの刺激だったかを判定するのは難しくなる。逆に、平均応答の差が小さくても、その差に比べて揺らぎが小さければ、二つの刺激を高い精度で区別できる。刺激による変化と、その変化を覆い隠す揺らぎとの比率が、読み出せる情報量を左右する。

前半で用いた「情報量」は、系が区別可能な状態をどれだけ保持できるかという一般的な概念である。Fisher 情報量は、そのうち刺激値の微小な違いを神経応答からどれだけ精密に推定できるかを評価する一つの指標であり、一般的な情報容量そのものと同一ではない。

この関係を数量化する指標の一つが Fisher 情報量である。神経集団符号化では、刺激をわずかに変えたときに神経応答の確率分布がどれだけ変化するかを使い、その応答から刺激値をどれだけ精密に推定できるかを評価する。Brunel と Nadal は、大規模な神経集団における Fisher 情報量と相互情報量の関係を理論的に整理した[7]。ここで扱われる情報は、刺激について神経応答から読み出せる差異であり、第 1 章から区別してきた情報保持の層に対応する。

二つの線の傾きがわずかに異なる場合を考える。傾き A を見せたときの神経集団の活動と、傾き B を見せたときの活動が高次元空間上で十分に離れていれば、観測された活動がどちらの刺激に由来するかを判定しやすい。ところが、試行ごとの揺らぎが A から B へ変化するときと同じ方向へ広がれば、A に由来する活動と B に由来する活動が重なりやすくなる。その結果、神経活動自体には多数の変動が存在していても、その変動から刺激差を読み出す精度は低下する。

ここで、一つの神経細胞だけを見る場合と、多数の神経細胞を同時に見る場合では事情が変わる。各神経細胞の揺らぎが互いに独立しているなら、一つの細胞が偶然大きく発火しても、別の細胞では別方向の誤差が生じる。多数の細胞をまとめて読むことで、こうした独立な誤差は平均化される。そのため、神経細胞数を増やすほど刺激について得られる情報も増えやすい。

複数の神経細胞が一緒に増減する共有ノイズがある場合、この平均化は同じようには働かない。多数の細胞が共通して同じ方向へずれれば、細胞数を増やしてもそのずれは打ち消されずに残る。さらに、その共有ノイズが刺激による平均応答の変化と同じ方向へ向いていれば、刺激が変わったために生じた活動変化と、ノイズによって偶然生じた活動変化を区別しにくくなる。共有ノイズが情報を制限するまでには、「複数の細胞が一緒に揺らぐ」という第一段階と、「その揺らぎが刺激信号を判別する方向と重なる」という第二段階がある。

神経活動の構造 直接起きること 刺激情報への影響
独立したノイズ 神経細胞ごとの誤差が異なる方向に生じる。 細胞数を増やすと誤差を平均化でき、刺激識別に使える情報が増えやすい。
共有ノイズ 複数の神経細胞が共通した方向へ変動する。 細胞数を増やしても共通成分が残るため、独立ノイズほど効率よく平均化されない。
信号と異なる方向の共有ノイズ 大きな集団変動が存在しても、刺激変化とは別の方向へ活動が動く。 共有ノイズの大きさだけから情報量の上限は決まらない。
信号と重なる共有ノイズ ノイズによる活動変化と刺激による活動変化を区別しにくくなる。 神経細胞を増やしても除去しにくい識別誤差となり、情報増加を制限し得る。

この構造から、共有ノイズが存在するという事実と、情報容量に有限の上限が存在するという結論の間には距離があることが分かる。共有ノイズが大きくても、刺激信号と直交する方向へ広がっていれば、刺激の違いを識別する妨げは相対的に小さい。反対に、分散量そのものが目立たなくても、刺激信号と重なる方向へ変動すれば識別精度を強く制約し得る。情報容量を決めるのはノイズの総量だけではなく、刺激信号とノイズが神経集団の高次元空間でどのように配置されているかという関係である。

さらに、有限個の神経細胞で情報増加が鈍って見えることと、神経細胞数を増やした極限で情報量が有限値へ収束することも区別する必要がある。細胞を追加するたびに得られる情報が小さくなっていても、その増分がゼロへ近づく速さによっては、総情報量は増え続ける。有限範囲の観測から情報容量の上限を判断するには、現在の増加率だけでなく、神経集団が大きくなったときにノイズ構造と信号との関係がどのように変化するかまで必要になる。

下位層の情報容量を決める問いは、ここで「神経細胞はいくつあれば十分か」という個数の問題から、「集団を大きくしたときに、信号とノイズの幾何学的な関係がどのような規則で変化するか」という構造の問題へ移る。神経細胞数、ノイズ量、相関の有無を個別に見るだけでは情報上限を決められず、それらが集団規模とともにどのような関係を保つかまで含めて評価する必要がある。


5. 相関があることと情報が飽和することは同じではない

神経細胞どうしの揺らぎが相関していると、細胞数を増やしたときの情報増加は独立ノイズの場合より遅くなり得る。1994 年、Zohary、Shadlen、Newsome は、複数の神経細胞で発火率の変動が相関していると、多数の細胞をまとめて読み出すことで得られる改善が小さくなることを示した[8]。一つの細胞で生じた誤差と別の細胞で生じた誤差が独立なら、多数の細胞を平均することで正負の誤差を打ち消せる。複数の細胞が共通して同じ方向へずれると、その成分は集団を大きくしても残りやすい。

ここから直ちに「相関があれば情報量には有限の上限がある」とはならない。相関は、どの細胞がどの細胞と一緒に変動するかを表すが、その変動が刺激を区別する方向とどのような関係にあるかまでは、相関の有無や平均的な相関係数だけでは分からない。Abbott と Dayan は、相関した変動が集団符号の精度へ与える影響が、各神経細胞の刺激選択性と相関構造の組み合わせによって変わることを示した[9]。同じ程度の相関が観測されても、その配置によって情報を減らす場合と、影響が限定される場合が生じる。

情報量が有限値へ飽和する例は理論モデルとして実際に存在する。Sompolinsky らは、角度を符号化する神経集団について、選好角度の近い神経細胞ほど正に相関するモデルを解析した。その条件では、神経細胞数を増やしても Fisher 情報量は有限値へ収束した[10]。細胞数を増やして個々のノイズを平均化しても、集団全体に残る相関成分が刺激推定誤差を維持するため、追加した細胞から得られる情報がやがて上限へ近づく。

同じ「相関ノイズがある」という条件でも、神経集団の構造を変えると結論は変わる。Shamir と Sompolinsky は、神経細胞の応答特性に異質性を持たせると、相関したノイズの下でも情報量が神経細胞数とともに増え得ることを示した[11]。集団内の神経細胞が互いによく似た応答を持つ場合には共有ノイズの影響が重複しやすいが、異なる応答特性を持つ細胞が加われば、新しい刺激情報を持つ方向も加わる。相関の存在より、相関構造と信号構造の組み合わせが情報増加を決める。

この関係を幾何学的に見ると、なぜ同じ相関でも結果が変わるかを整理できる。多数の神経細胞の活動を一つの点として表すと、一回の観測は神経細胞数と同じ次元を持つ空間上の点になる。同じ刺激を繰り返せば、試行ごとのノイズによって点は一定の範囲へ広がる。刺激を少し変えると、その点群の中心も別の方向へ移動する。この「刺激によって中心が移動する方向」が信号方向であり、ノイズによる点群の広がり方がノイズ構造に対応する。

ノイズが大きくても、その広がりが信号方向と異なれば、刺激による中心の移動は比較的識別しやすい。反対に、ノイズの広がりが信号方向と重なれば、刺激を変えたために移動したのか、同じ刺激のまま偶然揺らいだのかを区別しにくくなる。情報量を制限するのは相関という名前そのものではなく、刺激を区別する方向へノイズがどれだけ入り込むかという配置である。

Moreno-Bote らは、この関係を情報制限相関として整理した[12]。特に、刺激をわずかに変えたときの平均応答変化と同じ方向に生じる微分相関は、神経細胞数を増やしても刺激変化とノイズを区別できない成分を残す。この成分が一定の大きさで維持されれば、追加した神経細胞が持つ情報を平均化によって無制限に回収することはできず、Fisher 情報量に有限の上限が生じ得る。

観測される性質 直接分かること 情報上限を判断するために必要な追加条件
神経細胞間に相関がある 細胞ごとの試行間変動が統計的に独立ではなく、共有して変化する成分が存在する。 共有変動が刺激による平均応答変化とどの方向で重なるかを調べる必要がある。
平均的な正の相関がある 複数の神経細胞が同じ方向へ変動しやすく、独立ノイズのようには平均化できない成分が存在する。 神経細胞ごとの刺激選択性と相関行列全体の組み合わせを評価する必要がある。
大きな共有ノイズ成分がある 神経集団が特定の方向へ大きく変動することが分かる。 その方向が刺激信号と整列しているか、他の小さいノイズ成分がどのように情報へ寄与するかを調べる必要がある。
情報増加率が低下する 神経細胞を追加したときに得られる情報の増分が小さくなっていることが分かる。 増分がどの速さで減衰し、大規模集団でも同じスケーリング関係が維持されるかを評価する必要がある。
微分相関が維持される 刺激による応答変化と区別しにくいノイズ成分が集団内に存在する。 その成分が集団規模を増やしても残るなら、Fisher 情報量へ有限の上限を与え得る。

さらに、「情報量の増え方が遅くなること」と「有限値へ飽和すること」も数学的には別の状態である。神経細胞を追加したときの情報増分が次第に小さくなっても、その小さな増分が積み重なり続ければ総情報量は増え続ける。有限の測定範囲で曲線が平らに見えることだけでは、その先に真の上限があるかは決まらない。飽和を主張するには、観測範囲を越えて集団規模を増やしたとき、信号とノイズの関係がどの規則に従って変化するかまで必要になる。

この点で、実験から得られる相関行列と、大規模極限での情報容量の間には外挿という段階が入る。実験で直接観測できるのは有限数の神経細胞であり、脳内のすべての神経細胞を十分な試行回数で同時に測定して極限を確認することはできない。有限集団で測定した相関構造のどの性質が、細胞数を増やしたときにも保存されるのかを仮定し、その仮定の下で初めて有限か非有限かを判定できる。

相関、共有ノイズ、情報増加率は、いずれも情報上限を考えるための観測量ではあるが、それぞれ単独では上限そのものを意味しない。有限の情報上限を成立させるには、ノイズが刺激信号を区別する方向へ入り、その関係が集団の大規模化に対して十分な大きさで維持される必要がある。情報容量の境界は、相関が存在するかという一つの数値ではなく、信号とノイズが高次元空間でどのように配置され、その配置が集団規模とともにどう変化するかによって決まる。


6. 高次元ノイズの全構造を見ると上限の見え方が変わる

有限の神経集団から大規模集団の情報上限を推定するとき、結論を左右するのは、観測した範囲から何を保存して外側へ延長するかである。Kafashan らは 2021 年、覚醒マウスの一次視覚野で数百個の神経細胞を同時記録し、移動する視覚刺激の方向について、神経細胞数を増やしたときに情報量がどのように変化するかを解析した[13]。相関ノイズを情報量へ有限の上限を与える成分とその他の成分に分け、その構造を大規模集団へ外挿した結果、数万個の神経細胞で利用可能な情報の 95% が符号化されると推定した。

この推定で中心になるのは、観測された有限集団に含まれる情報制限成分が、さらに神経細胞を増やした集団でも維持されるという構造である。実験で直接測定されたのは有限個の神経細胞なので、数万個の集団で本当に情報量が頭打ちになった状態を観測したわけではない。有限規模で推定した相関構造を大規模化したときにどう延長するかを定め、その仮定の下で情報量の漸近的な上限を求めている。

Moosavi、Hindupur、Shimazaki は 2026 年、同じ情報上限の問題を、ノイズを少数の成分へまとめるのではなく、高次元構造全体が集団規模とともにどう変わるかという観点から解析した[14]。対象となるのは、マウス一次視覚野の各神経細胞について、試行ごとの活動変動が互いにどのように共変するかを表すノイズ共分散行列である。この行列を固有値分解すると、集団活動がどの方向へどれだけ大きく揺らぐかを、互いに独立した軸へ分けて記述できる。

固有値が大きい方向ほど、神経集団はその方向へ大きく変動する。主成分分析なら、このような大きな分散を持つ方向を優先して残すことで、元の高次元データの変動を少数の軸で近似できる。しかし、刺激についての情報量を考える場合、分散が大きいことと、刺激識別への寄与が大きいことは一致しない。あるノイズ方向が大きく揺らいでいても刺激信号とほとんど重ならなければ、その変動は刺激識別を強く妨げない。反対に、分散量の小さい方向でも刺激変化と関係していれば、その方向は情報量へ寄与する。

この違いを見るために、Moosavi らは固有値の大きさだけでなく、それぞれのノイズ方向と刺激信号との整列を同時に調べた[14]。刺激を少し変えたときの平均応答が向かう方向と、あるノイズ固有ベクトルがどれだけ重なるかを測れば、そのノイズ成分が刺激推定へどれだけ影響するかを区別できる。情報上限を決める対象は、最大のノイズ成分一つではなく、各固有値と各方向の信号整列を組み合わせた全体構造になる。

さらに、この研究では神経細胞の部分集団をさまざまな大きさで取り出し、集団規模を変えたときに固有値スペクトルと信号整列がどう変化するかを調べた。その結果、適切に正規化すると、異なる集団サイズでも固有値の順位に対する分布と信号整列の関係がほぼ共通した形を保った[14]。ここで得られたスケール不変性は、有限集団から大規模集団へ外挿するときに保存する構造を、単一の飽和曲線ではなく高次元ノイズの変換則として与える。

見る対象 分かること 情報上限との関係
最大の固有値 神経集団が最も大きく揺らぐノイズ方向の分散量が分かる。 その方向と刺激信号との重なりが不明なままでは、情報制限の大きさまでは決まらない。
主要な固有値 神経活動の分散の大部分を少数の方向で説明できる。 分散量の小さい多数の方向が持つ刺激情報を除外すると、情報量を過小評価する場合がある。
固有値スペクトル全体 大きな変動から小さな変動まで、高次元ノイズがどのように分布しているかが分かる。 小さい成分を含む情報寄与の総和が、大規模集団で有限になるかを評価できる。
信号との整列 各ノイズ方向が刺激変化による平均応答の方向とどれだけ重なるかが分かる。 どのノイズ成分が刺激識別を実際に制限するかを決める。
集団規模に対するスケーリング 神経細胞数を変えたときに固有値と整列度の構造がどう変化するかが分かる。 有限観測から大規模極限へ外挿するときの構造的な制約になる。

この見方では、主要な共有ノイズが集団サイズとともに大きくなることだけでは情報量の有限性を決められない。大きなノイズ方向が刺激信号と十分に整列していれば、細胞を増やしても除去できない識別誤差が残り得る。一方、その整列が情報制限に必要な速さで増えず、小さい固有値を持つ多数の方向から刺激情報が加算され続ければ、神経細胞を追加するたびに得られる情報が小さくなっても、総情報量は有限値へ収束しない。

Moosavi らが導いた条件では、主要なノイズ固有値は集団サイズとともに増大していたが、刺激信号との整列は Fisher 情報量を有限値へ閉じ込める領域に達していなかった[14]。その結果、情報量は神経細胞数に比例する速さでは増えず、細胞を追加したときの情報増分は次第に小さくなるものの、解析されたスケーリング関係を大規模化した極限では有限値へ収束しないと判定された。

この結果を理解するうえで、小さい固有値の扱いが重要になる。主成分分析では、全分散への寄与が小さい成分を落としても、データ全体の変動を近似する目的には大きな問題が生じない場合がある。しかし、情報量は分散の再現率とは異なる量である。分散の小さい一つの方向が持つ情報寄与が小さくても、そのような方向が神経細胞数とともに多数追加されるなら、それらの総和は大規模極限で無視できない値になる。

視覚野の活動が多数の次元へ広がること自体は、別の研究でも観測されている。Stringer らは、覚醒マウスの視覚野で自然画像への応答を解析し、神経活動の主成分分散が順位に対してべき乗的に減衰する高次元な応答構造を報告した[15]。Meshulam らは、海馬の大規模神経集団を段階的に粗視化したとき、相関や自由エネルギー、時間相関など複数の量にスケーリング則が現れることを示した[16]。Manley らは、最大約 100 万個の神経細胞を同時観測し、皮質活動の信頼して測定できる次元数が、観測ニューロン数とともにべき乗的に増加することを報告している[17]。

これらの研究でいう「次元数」と、刺激情報の Fisher 情報量は区別する必要がある。活動が多数の方向へ広がっていることは、神経集団が多様な変動を持つことを示す。しかし、その方向が対象とする刺激の違いを表しているとは限らない。自発活動、行動状態、身体運動、他の感覚入力などによって生じる変動も活動空間の次元を増やし得る。刺激情報として寄与するかどうかは、その方向が刺激変化とどのように対応しているかによって決まる。

次元削減も、この区別に応じて評価する必要がある。Cunningham と Yu は、大規模神経記録から潜在的な集団状態や時間変化を抽出するための次元削減手法を体系的に整理している[18]。データの主要な変動構造を可視化し、試行間の軌道や低次元な集団ダイナミクスを調べる目的なら、少数の主要成分へ縮約することには明確な意味がある。情報容量の有限性を判定する目的では、低分散方向に残る刺激情報の累積が結論を左右するため、分散説明率だけを基準に成分を落とすと評価対象そのものが変わる。

Panzeri らが整理しているように、神経相関の意味も、何を評価するかによって変わる[19]。同じ相関構造でも、刺激を符号化する段階、時間をまたいで情報を保持する段階、別の脳領域へ伝達する段階、行動として読み出す段階では影響が異なる。今回扱っているのは、そのうち刺激について神経集団が保持できる情報量が、集団規模とともにどのように増えるかという問題である。

この分析によって変わったのは、「大きな共有ノイズが見つかった」という観測の意味である。主要なノイズ成分が集団規模とともに増えていても、その事実だけから情報上限は導けない。大きい成分から小さい成分までを含む固有値スペクトル、各成分と刺激信号との整列、そしてそれらが神経細胞数とともにどう変化するかを合わせて初めて、情報量が有限値へ収束するかを判定できる。解析されたマウス V1 では、その全構造が有限飽和の条件を満たさず、線形 Fisher 情報量は増加速度を落としながらも増え続ける領域に位置していた[14]。


7. V1 の結果が変えた範囲を限定する

今回の結果を読むうえで最初に固定すべきなのは、「何が非飽和だったのか」である。Moosavi、Hindupur、Shimazaki の原著論文が扱ったのは、マウス一次視覚野 V1 の神経集団活動であり、視覚刺激の違いを神経応答からどれだけ精密に読み出せるかを表す線形 Fisher 情報量である[14]。解析されたスケーリング関係の下では、神経細胞数を増やしたときの情報増加率は低下するものの、有限値へ収束する条件には入っていなかった。

この「非飽和」は、数学的な大規模極限についての性質である。実験で無限個の神経細胞を観測したわけではなく、異なる大きさの部分集団で確認された固有値スペクトルと信号整列のスケール則を使い、神経細胞数をさらに増やしたときの情報量を推定している。直接観測された有限範囲と、その構造を保存して導かれる極限を区別することで、「観測範囲では増えていた」という事実と、「理論上有限値へ飽和しない」という結論の関係を正確に保てる。

物理的な脳そのものは有限である。V1 に存在する神経細胞数にも上限があり、網膜から入る感覚信号にも有限の解像度、時間分解能、受容野、光子数などの制約がある。神経細胞数を数学的に増やし続ける極限で Fisher 情報量が有限値へ収束しないことは、現実の脳が無限量の外界情報を保持することを意味しない。今回更新されたのは、共有ノイズがそれ自体で有限上限を作るという説明の適用範囲である。

入力側の情報と、神経集団が内部で保持する情報も同じではない。V1 の神経細胞を増やせば、有限の感覚入力に含まれる差異をより精密に表現できる場合があるが、入力に存在しない外界情報を新たに生成するわけではない。また、神経集団の応答に刺激情報が存在していても、後段の回路がその全情報を読み出すとは限らない。符号化された情報、下流回路から利用可能な情報、実際の判断や行動へ反映される情報には、それぞれ別の制約が入る。

対象 今回の研究から拘束される範囲 別途必要になる条件
V1 の刺激情報 解析されたスケール則では、線形 Fisher 情報量が有限値へ飽和する条件に入っていない。 他の刺激、他の脳領域、他の動物種で同じスケール則が成立するかは個別に確認する必要がある。
実在する脳の情報容量 共有ノイズによる有限上限を一つの制約として再評価できる。 有限の神経細胞数、感覚入力、代謝、回路構造など物理的制約が別に存在する。
下流回路が利用できる情報 V1 に符号化された刺激情報が利用可能な候補として存在する。 読み出し回路、学習、注意、投射構造によって実際に利用できる情報が決まる。
行動や判断 刺激識別に使える神経情報が行動の材料になり得る。 意思決定、運動出力、報酬、時間制約などが行動結果へ加わる。
意識やクオリア 経験を構成する下位の刺激情報について一つの制約が具体化される。 統合、自己参照、主体への帰属、第一人称的な現れを説明する構造が別に必要になる。

この区別は、意識研究へ接続するとさらに重要になる。神経系では、刺激に反応して情報を保持する処理の多くが、意識的な報告を伴わなくても成立する。Dehaene、Lau、Kouider は、無意識に実行される処理を C0、情報が広域に利用可能になる処理を C1、自らの処理状態を監視する機能を C2 と区別した[20]。この分類では、V1 に刺激を区別できる情報が存在することは C0 に属する処理でも成立し得る。その情報が広域な判断へ利用される C1 や、自らの処理状態について判断する C2 には追加の機構が必要になる。

現在の意識理論も、「神経系にどれだけ刺激情報が存在するか」だけを成立条件には置いていない。Seth と Bayne は、グローバル・ワークスペース理論、高次表象理論、再帰処理理論、予測処理、統合情報理論などを比較し、各理論が意識を説明するために異なる機構と経験的予測を持つことを整理している[21]。理論間に一致した単一の説明は存在しないが、局所的な感覚情報量と意識状態全体を同じ測定量として扱っていない点は共通している。

グローバル・ニューロナル・ワークスペース仮説では、局所的に形成された表象が再帰的な増幅を受け、前頭頭頂領域などを含む広範なネットワークから利用可能になる過程を意識的アクセスに関係する機構として扱う[22]。この枠組みで V1 に存在する刺激情報は、広域放送され得る内容の材料に位置づく。材料の精度が上がることと、その内容がグローバルな処理状態へ移ることの間には、再帰的増幅や広域接続という別の過程が入る。

統合情報理論では、情報という同じ語を使っていても対象が異なる。中心に置かれるのは、外部刺激をどれだけ正確に推定できるかという Fisher 情報量ではなく、系内部の原因と結果の関係がどの程度一体化しているかという因果構造である[23]。そのため、V1 の刺激情報量が増加しても、統合情報理論が意識と結び付ける内部因果構造が同じ比率で増えるという対応は導かれない。両者は「情報」という語を共有していても、測定対象と理論上の役割が異なる。

神経相関と意識を結び付ける場合にも、どの現象の神経基盤を探しているかを分ける必要がある。Koch らは、特定の意識内容に直接対応する神経相関、意識一般を可能にする背景条件、注意や報告など意識に付随する過程を区別している[24]。一次視覚野に刺激についての情報が存在することは、特定の視覚内容を構成する神経過程の一部には関係し得るが、覚醒状態、広域統合、自己参照、報告可能性を同時に説明するものではない。

この射程を固定すると、今回の研究が意識やクオリアの議論へ与える意味も明確になる。情報保持という最下位層について、共有ノイズが存在するだけでは有限の情報上限を導けず、高次元ノイズ全体と信号との配置まで考える必要があることが示された。その結果、上位層が利用し得る情報の候補範囲について、従来の単純な飽和像より広い可能性が残ることになった。

一方、上位層を成立させる条件はそのまま残る。利用可能な刺激情報が増えても、それを一つの現在へ統合する接続、現在状態を更新へ戻す自己参照、時間をまたいで状態を維持する主体の境界、そして第一人称的な現れとの関係は、別の説明を要求する。V1 の結果によって変わったのは意識の定義ではなく、意識を構成する材料の一つにどのような情報上限があるかという下位層の理解である。


8. 情報の上限を動かしても意識の問いは移動しない

ここまで分けてきた説明階層へ戻ると、今回の研究が更新した位置は限定できる。変わったのは、神経集団が刺激について保持できる情報の上限条件である。共有ノイズが大きいというだけでは有限上限は成立せず、そのノイズが刺激信号とどの方向で重なり、小さい固有値を持つ多数の方向から情報がどのように累積するかまで含めて評価する必要がある。解析されたマウス V1 では、その全構造が線形 Fisher 情報量を有限値へ閉じ込める条件を満たしていなかった[14]。

この更新は、上位層にとって無関係ではない。下位層で保持できる刺激情報の範囲が広がれば、その情報を材料として利用する統合状態の候補も広がる。たとえば、二つの視覚刺激を区別できなかった神経系が区別できるようになれば、その差異を記憶と結び付けたり、他の感覚情報と統合したり、判断の条件として利用したりできる可能性が生まれる。下位層の容量は、上位層が利用できる状態空間の外枠を実際に拘束している。

ただし、外枠が広がることと、その内部にどのような状態が成立するかは別の因果過程である。区別可能な視覚状態が増えても、それらを同じ時点の一つの状態へ結び付ける接続がなければ統合は成立しない。統合された状態が存在しても、その状態を系自身の次の更新へ戻す経路がなければ自己参照にはならない。自己参照が成立しても、それぞれの状態を時間をまたいで一つの系へ帰属させる境界と持続構造がなければ、一つの主体としての連続性までは説明できない。

研究によって更新されたこと 上位層へ伝わる影響 そのままでは決まらないこと
共有ノイズだけでは V1 の刺激情報に有限上限を置けない V1 が保持し得る刺激情報の上限を、共有ノイズだけを根拠に有限値へ固定する必要がなくなる。 その情報が一つの現在状態へ統合される条件は別に必要になる。
小さいノイズ成分も情報量へ累積的に寄与する 主要成分だけでは捉えられない差異が上位処理の材料として残り得る。 残った差異が自己状態として参照されるかは回路構造によって決まる。
線形 Fisher 情報量が大規模極限で有限値へ収束しない 下位の刺激符号化層に、共有ノイズ由来の有限容量を置く必要性が弱まる。 主体の持続や第一人称的経験の成立条件は別の説明対象として残る。

この関係から、情報容量の上限を高く見積もれるようになっても、意識の問いそのものが上方へ押し出されるわけではないことが分かる。意識の問いは「あと何ビット情報を増やせば成立するか」という容量問題ではなく、保持された情報がどのような関係へ組織されると、一つの現在状態として利用され、自己参照され、主体へ帰属するかという構造問題を含んでいる。下位層の上限が変われば利用可能な材料の範囲は変わるが、材料を組織する条件は別に残る。

既稿で情報、統合、自己参照、主体、クオリアを分けてきた理由もここにある。各段階は前段階の状態を材料として使うため互いに依存しているが、後段階では新しい関係条件が加わる。情報保持から統合へは状態間の接続、統合から自己参照へは現在状態を更新へ戻す経路、自己参照から主体へは時間的持続と自己維持の境界が加わる。今回の研究は、この系列の最下段にある情報保持の条件を更新したのであり、上段の関係条件を同じ指標へ置き換えたわけではない。

クオリアを置くと、説明階層の差はさらに明確になる。赤と緑を極めて高い精度で識別でき、その情報を他の感覚や記憶と統合し、自らの現在状態として参照できる系を想定しても、「なぜその状態が赤く見えるという第一人称的な質を伴うのか」という問いは情報容量とは別の形で残る。Chalmers は、識別、報告、情報統合、行動制御など機能として記述できる課題と、なぜその処理が経験を伴うのかという問いを区別した[25]。この区別を独立した哲学的問題としてどこまで認めるかには複数の立場があるが、刺激識別の Fisher 情報量と第一人称的な質が同一の測定量ではないことは、この論争とは別に確認できる。

ここで、情報量とクオリアを遠く離れた問題として切断する必要もない。経験内容に差異があるなら、その差異を支える物理状態にも何らかの差異が必要になる。下位の神経系がある刺激差を完全に失えば、その差を上位層が経験内容として利用する経路も失われる。情報容量は経験内容の可能範囲を拘束する。その一方で、どの物理的差異が統合され、どの状態が主体の現在として維持され、その状態がどのような質を伴って現れるかには、容量以外の構造が関与する。

今回の研究が与えた意味は、この境界を曖昧にすることではなく、むしろ一つの層を以前より正確に切り出した点にある。神経集団の刺激情報には共有ノイズがある。共有ノイズは情報増加を遅くし得る。しかし、共有ノイズの存在だけでは有限上限は生じず、信号とノイズの高次元な配置と、その配置が集団規模に対してどう変化するかまで必要になる。この条件を分解したことで、「神経系がどこまで情報を保持できるか」という問いの中で、何が上限を作り、何が上限を意味しないかが明確になった。

神経科学から意識やクオリアへ進むときにも、同じ分解が必要になる。一つの測定値を上位概念の代用にするより、どの測定がどの説明階層を拘束したかを積み重ねる方が、因果関係を保ったまま議論を進められる。V1 の高次元ノイズ解析によって動いたのは、情報保持層の上限である。その上には、情報を結び付ける統合、現在状態を更新へ返す自己参照、状態を時間的に一つの系へまとめる主体、そして状態が第一人称的に現れるクオリアという、それぞれ別の条件を持つ問いが残る。

情報容量の上限が従来考えられていた位置から動いたことで、意識の問題が解消されたわけではない。むしろ、V1 の線形 Fisher 情報量について、共有ノイズによる有限飽和を上位層の制約理由として置く余地が小さくなり、どの関係構造が統合、自己参照、主体、クオリアを成立させるのかという問いが、より独立した形で残る。神経集団が保持できる情報の量と、その情報が一つの経験になる条件を分けることによって、下位層の実証的な進展を上位層へ過剰に一般化せず、それでも両者の依存関係を失わずに位置づけることができる。


参考文献

  1. id774, クオリアとは何か(2026-01-03). https://blog.id774.net/entry/2026/01/03/3195/
  2. id774, 意識とは何か(2026-04-01). https://blog.id774.net/entry/2026/04/01/4256/
  3. id774, 意識の定義を数理モデルで記述する(2026-04-02). https://blog.id774.net/entry/2026/04/02/4269/
  4. id774, クオリアの境界の内部構造を突き詰める(2026-04-19). https://blog.id774.net/entry/2026/04/19/4529/
  5. id774, 主体は何を単位として成立するのか(2026-04-23). https://blog.id774.net/entry/2026/04/23/4588/
  6. id774, クオリアは脳だけでは説明できない(2026-07-23). https://blog.id774.net/entry/2026/07/23/5127/
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