見た目でどこまで判断してよいのか
見た目で判断することは、ただちに悪であるとは言えない。人間は、すべての対象を細かく調べてから行動しているわけではない。食べ物を口に入れる前に色や匂いを見る。道具を使う前に、どこを持ち、どこを押し、どこを引くのかを形から読 … 続きを読む
見た目で判断することは、ただちに悪であるとは言えない。人間は、すべての対象を細かく調べてから行動しているわけではない。食べ物を口に入れる前に色や匂いを見る。道具を使う前に、どこを持ち、どこを押し、どこを引くのかを形から読 … 続きを読む
人間は、努力が結果に影響する世界を生きている。勉強すれば知識は増えやすく、練習すれば技能は上がりやすく、準備すれば失敗確率は下がりやすく、責任ある行動を取れば他者への損害を減らしやすい。この意味で、努力、注意、準備、自己 … 続きを読む
スマホ依存という言葉は、現代の問題を説明しているようで、実はかなり粗い。人間はスマホという物体そのものに依存しているわけではない。スマホは、連絡、決済、地図、認証、写真、音楽、メモ、検索、読書、業務連絡を束ねる生活端末で … 続きを読む
世界は、最初から意味に満ちているように見える。石は障害物や道具になり、光は景色や文字になり、音は言葉や警告になり、出来事は記憶や転機になる。人間は世界を、単なる物理状態の集合としてではなく、危険、価値、目的、記録、物語、 … 続きを読む
人生とは何か。この問いは、単に「生きる目的は何か」と言い換えれば済む問いではない。人生は、生物としての自己維持、身体としての生活運用、主観としての経験、記憶としての履歴、自己としての物語、他者との関係、世界への行為、そし … 続きを読む
深く考え始めると、なぜ量子力学に行き着くのか。この問いは、量子力学を神秘化する問いではない。むしろ逆である。量子力学を万能の説明原理として持ち出すのではなく、思考が自分自身の成立条件を問うとき、なぜ「観測」「確率」「履歴 … 続きを読む
量子観測やクオリアを考えるとき、最後に残る問いはしばしば単純な形を取る。世界には複数の可能な結果がありうる。それにもかかわらず、経験されるのは常に一つの結果系列である。さらに、その系列は単に「どこかの観測者」に現れるので … 続きを読む
1. 位置付けと目的 ―― 本稿は何を補うのか 本稿の位置付けを先に明示しておく。そもそもの発端は、クオリアの境界を外からではなく内側から読み直し、appearance の成立条件をどこまで狭く記述できるかを詰めた議論に … 続きを読む
本稿の目的は、クオリアを静的な属性としてではなく、時間の中で生成・維持・揺動・消失する動的構造として再定義することである。前段の議論では、クオリアを内容 \(Y\) と強度 \(Q\) の積として \(\Omega(t) … 続きを読む
前稿「クオリアの境界の内部構造を突き詰める」では、クオリア問題の大部分が構造として記述可能であることを示し、「何が同じであれば同じ経験とみなせるか」という条件はほぼ整理された[1]。しかしそのとき最後に残る問いがある。そ … 続きを読む