なぜ主観はこの身体に固定されているのか

「なぜ主観はこの身体に固定されているのか」という問いは、哲学では個人同一性、意識、第一人称性、自己知といった複数の問題が重なって現れる場所である[1][2][3]。この問いに対して従来は、身体の連続性、記憶の連続性、脳の連続性、物語的自己、最小自己などの説明が与えられてきた。しかしそれらの説明は、「この個体が時間を通じて同一である条件」はある程度述べられても、「なぜいまの主観の焦点がこの個体に属しているのか」という指示的な問いを十分には消していない[3][4]

本稿では、この問いに対して、あくまでひとつの仮説として「感情移入仮説」を提示する。出発点は日常的である。人は小説や映画や漫画に没入すると、登場人物が傷ついたときに痛々しさを感じ、その喜びや喪失を自分の感情のように経験する。フィクションへの情動反応、登場人物への同一化、物語への没入は、美学・心理学・神経科学の側面から広く研究されてきた現象である[5][6][7][8]。本稿の仮説は、この現象を単なる娯楽の副作用としてではなく、自己の成立原理を考えるための手がかりとして読む点にある。

仮説の中心命題は単純である。自分だと思っているものは、ある固定的実体ではなく、「現在もっとも主観的重みが集中している対象」である。言い換えれば、「わたし」とは感情移入のインデックスが現在向いている先であり、いまそれが自分の身体と自己モデルに向いているから、自分は自分として感じられている。この仮説はまだ説明ではなく再記述に見えるかもしれない。しかし、問いの形式を変える力を持つ。つまり「なぜこの身体なのか」という問いを、「なぜ感情移入インデックスがこの身体に固定されているのか」という問題へ変換できる。


1. 出発点 ―― フィクションの中で起きていること

人がフィクションに触れるとき、そこで起きているのは単なる情報理解ではない。物語の出来事を知るだけなら、あらすじの把握で足りる。しかし実際には、読者や観客は特定の人物の視点に入り込み、その人物に起きる出来事を自分の側で再生しながら追体験する。これが共感、同一化、物語没入と呼ばれてきた現象群である[5][6][8][9]

ここで重要なのは、感情移入がしばしば「他人の感情を外から理解する」以上のことを起こす点である。登場人物が刃物で切られる場面や喪失を経験する場面では、観客は単に「その人物は痛いだろう」と判断するだけでなく、身体的な引きつり、不快、胸の痛み、涙、怒りといった反応を生じる。観察された他者の痛みや情動に対して、自己の内部で部分的なシミュレーションが起きるという見方は、共感研究や他者痛知覚研究でも広く支持されている[10][11][12]

ただし、この段階ではまだ「自己が移った」とまでは言えない。通常の感情移入は部分的であり、観客は依然として劇場の椅子に座っている自分を知っている。それでもなお重要なのは、自己と他者の境界が絶対不変ではなく、主観的重みづけが可変であることがここで示されている点である。自己は最初から鋼鉄の壁ではなく、他者の状態を自分の内部で再演する能力を持つ柔らかい構造として現れている。

観察事実 通常の理解 本稿での読み替え
物語の登場人物に涙する 感受性や没入の結果である 主観的重みづけが一時的に他者側へ移動している
他者の痛みを見て身体がこわばる 共感反応である 他者状態の内部シミュレーションが起きている
主人公の成功を自分の達成のように感じる 同一化である 価値評価の中心が一時的に主人公へ接続している

2. 従来の自己論で残る問い

個人同一性の議論は長い歴史を持ち、身体説、心理的連続説、記憶説、脳説、物語的自己、最小自己など、多くの整理が存在する[1][2][3][13]。これらは「何が同じ人である条件か」を問ううえで有効である。しかし、主観の indexical な側面、すなわち「なぜこの視点がこの個体に属しているのか」という問いは、それらとは少し別の問題である。

たとえば記憶説は、「過去のある経験を現在の主体が記憶しているから同一人物である」と整理する。しかしその説明は、「記憶を持っている主体がなぜその主体として現れているのか」までは答えない。身体説も同様である。身体が同一だから同じ人だとしても、「なぜその身体の内側の第一人称がいまここにあるのか」という問いは残る。現象学が強調してきた前反省的自己意識は、この問いに対して「経験はつねに私のものとして与えられる」という事実を押さえるが、その与えられ方の動力学まで自動的に与えるわけではない[2][14]

したがって本稿の仮説は、従来理論を否定するためではなく、そこに別の変数を追加するために導入される。個人同一性の条件とは別に、「主観の照準」が必要ではないかということである。自己は構造でもありうるが、それだけでは第一人称の貼りつき先を十分に説明しない。そこで本稿では、主観の貼りつきを感情移入インデックスとしてモデル化する。

これらの理論はいずれも同一性を説明するが、主観の位置づけそのものは独立に残る。


3. 感情移入仮説 ―― 自己をインデックスとして定義し直す

本稿では主観を固定的実体としてではなく、対象への指向として扱う。

ここでいう感情移入とは、単に他者へ優しくすることではない。より中立的に、ある対象の状態を自己の内部で優先的に再現し、その評価・苦痛・期待・損失を自分のものとして重みづける操作を指す。この意味での感情移入は、共感、同一化、視点取得、内部シミュレーションをまたぐ上位概念として扱う[4][10][11]

このとき仮説は次のように定式化できる。宇宙の中に主体として振る舞いうる構造の集合 \(\mathcal{S}\) があるとする。各時点 \(t\) において、ある観測者内部には、それぞれの構造へどれだけ主観的重みを与えているかを表す関数 \(E_t\) がある。

\[
E_t : \mathcal{S} \to \mathbb{R}
\]

このとき、その時点で「わたし」として経験される対象は、もっとも高い重みを持つ対象として定義される。

\[
\mathrm{Self}_t = \arg\max_{S \in \mathcal{S}} E_t(S)
\]

ここで重要なのは、「自己」を実体名詞から作用名詞へずらすことである。自己とは最初から固定的なものではなく、どこへ主観的重みが集中しているかを表す index である。この再定義は、自己を「もの」ではなく「向き」として捉える立場である。

従来の言い方 感情移入仮説での言い方 意味
私はこの身体である 感情移入インデックスがこの身体へ最大化している 自己は実体ではなく重みづけで記述される
他者に共感する 他者の状態に対する局所的な重みを増やす 共感は自己外への部分的シフトである
没入して主人公になった気がする 一時的に主人公側の \(E_t\) が増大する 主観的焦点の移動として表現できる

4. 宇宙論へ接続する意味

この仮説を宇宙論へ接続する理由は、自己を単一身体の内部に閉じず、より一般的な「観測者の位置づけ」の問題として扱うためである。宇宙論では、観測者がどのような条件のもとで存在しうるか、観測可能な世界がなぜそのように見えるか、自己定位信念をどう扱うかが議論されてきた[15][16][17][18]。本稿はこれらの議論をそのまま採用するのではなく、そこから一つの構図を借りる。つまり、「観測内容」だけでなく「観測者がどこに位置づけられているか」そのものが独立の問題になる、という構図である。観測内容ではなく観測者の位置そのものが変数になるという点で、本稿の問題設定は宇宙論における自己定位問題と同型である。

この観点から見ると、「なぜ主観はこの身体に固定されているのか」という問いは、単に身体の同一性ではなく、自己定位の問題として読める。宇宙に多くの主体候補がありうるなら、問いは「どの構造が存在するか」だけでは終わらず、「そのうちどの構造に主観的照準が置かれているか」を問わなければならない。ここで感情移入仮説は、その照準を感情移入インデックスとして扱う。

もちろん、これは「宇宙のどこかに魂のポインターが飛び回っている」といった素朴な実体論ではない。むしろ逆である。本稿の仮説は、主観の貼りつき先を、身体・観測・記憶・行為・予測の整合的な束によって決まる重みづけの帰結として捉える。宇宙論への接続は、この重みづけを単なる心理的比喩ではなく、「観測者の自己定位問題」として一般化するためのものである。

この点は、観測者や自己をすでに外部構造として定義し直してきた既存記事群とも連続している[19][20][21]。ただし本稿は、それらの記事で主に扱った「自己は何か」「観測者とは何か」という問いに対して、さらに「なぜ主観がこの構造に貼りつくのか」という補助仮説を追加する位置づけになる。

レイヤー 本稿での概念 宇宙論での対応 意味
L1 観測内容(知覚・体験) 観測データ 何が見えているか
L2 身体・感覚系 観測装置 どのように観測するか
L3 記憶・内部状態 状態履歴 観測の連続性
L4 自己モデル 観測者モデル 誰が観測しているかの仮定
L5 感情移入インデックス 自己定位確率 どの主体に照準が置かれるか
L6 主体の貼りつき 観測者の選択 主観がどこに現れるか
L7 分散可能な自己 観測者分布 主体が単一でない可能性

この構図は、構造の表現として主観を扱うという点で、情報の圧縮的表現と類似した構図を持つ。


5. 構造振動モデルへ接続する

ここから感情移入仮説を構造振動モデルへ接続する。構造振動モデルでは、ある主体を時間発展する状態 \(S_t\)、環境 \(C_t\)、観測 \(O_t\)、介入 \(U_t\)、更新写像 \(M\) の連鎖として記述する。すなわち主体は、静止した実体ではなく、外界との相互作用の中で自己を更新し続ける過程として与えられる[20][21][22]

\[
S_{t+1} = M(S_t, C_t, O_t, U_t)
\]

この枠組みで感情移入を捉え直すと、感情移入とは「他構造の状態を自構造の内部で再構成し、その状態に価値評価を接続する操作」になる。ある主体 \(S_i\) が別の主体 \(S_j\) へ感情移入するとは、\(S_j\) の状態遷移や評価信号を \(S_i\) の内部に写す写像 \(\Phi_{ij}\) が形成されることだと読める。

\[
\Phi_{ij} : S_j \mapsto \hat{S}_j^{(i)}
\]

ここで \(\hat{S}_j^{(i)}\) は、主体 \(i\) の内部に再構成された主体 \(j\) の近似モデルである。物語への没入とは、この \(\Phi\) が一時的に高精度化し、そこへ価値評価と苦痛評価が接続される現象とみなせる。この写像が成立する範囲と精度が、感情移入インデックス \(E_t\) の上限を規定する。したがって感情移入仮説は、構造振動モデルにおいて何か神秘的な追加物を要求しない。必要なのは、自己以外の構造に対する内部モデル化と、そのモデルへ主観的重みを配分する規則である。

構造振動モデルの要素 感情移入仮説での対応 本稿での役割
\(S_t\) その時点の主体構造 主観が現在張り付いている基盤候補を表す
\(O_t\) 観測入力 自分の身体から来る入力が固定化の主要因になる
\(M\) 更新写像 自己が時間的に連続する理由を与える
\(\Phi_{ij}\) 他構造の内部再構成 感情移入や同一化を表す追加写像である
\(E_t\) 主観的重みづけ どの構造が「わたし」として経験されるかを決める

6. なぜ固定されるのか ―― 問いの本体

ここで初めて、仮説の本体が現れる。通常の感情移入は可変であり、相手によって強弱が変わり、時間とともに消える。にもかかわらず、日常の自己は強く固定されている。ならば問うべきは、「なぜ感情移入が起こるのか」よりも、「なぜ自己への感情移入だけが圧倒的に安定しているのか」である。

この問いに対して、本稿は次の三つの拘束を重視する。第一に、観測拘束である。自分の身体から来る感覚入力は、他者の状態よりも高頻度、高帯域、低遅延で与えられる。第二に、行為拘束である。自分の意図は自分の行為へただちに反映され、その結果が再び観測へ戻る。第三に、記憶拘束である。過去の経験列はこの身体とこの更新系の上に累積している。これら三つが重なることで、自分という構造は他構造に比べて圧倒的に高い整合性を持つ。

この観点から見ると、「自己への感情移入」は実は特別な神秘現象ではない。もっとも観測しやすく、もっとも制御しやすく、もっとも継続的に再確認される構造へ、主観的重みが最大化されているだけである。自己とは、最初から別格の実体だから固定されるのではなく、固定されやすい条件を満たしているために固定される。

拘束 定義 具体内容 自己固定への寄与
観測拘束 入力の密度と即時性 身体由来の感覚は高頻度・高帯域・低遅延で与えられる 他構造よりも情報的に優位になり、主観の重みが集中する
行為拘束 意図と結果の結合 意図が即座に行為へ反映され、その結果が観測へ戻る 自己ループが閉じ、制御可能性が最大化される
記憶拘束 履歴の蓄積 過去の経験列が同一構造上に連続的に保存される 時間的一貫性が強化され、自己同一性が維持される

これら三つの拘束は、それぞれ情報、制御、時間という異なる軸から自己構造の安定性を支えている。


7. 固定化の数理モデル

以上を踏まえると、感情移入インデックス \(E_t(S)\) は任意の感情量ではなく、少なくとも次の主要な項で近似できる。すなわち、現在の内部状態からその構造をどれだけ精度よく再構成できるか、行為と観測の閉ループがどれだけ安定しているか、そして時間的継続性がどれだけ高いかである。

\[
E_t(S) = \alpha R_t(S) + \beta A_t(S) + \gamma P_t(S) – \lambda D_t(S)
\]

ここで \(R_t(S)\) は再構成可能性、\(A_t(S)\) は行為-観測整合性、\(P_t(S)\) は過去からの継続性、\(D_t(S)\) はずれや不整合の大きさである。係数 \(\alpha, \beta, \gamma, \lambda\) はそれぞれの寄与を表す。これらの項は独立ではなく、観測と行為の閉ループ構造から相互に制約される。すると、自分自身の身体と自己モデル \(S_{\mathrm{self}}\) は通常、他の対象に比べて \(R_t, A_t, P_t\) がきわめて高く、\(D_t\) が低くなる。

\[
E_t(S_{\mathrm{self}}) \gg E_t(S_{\mathrm{other}})
\]

これが固定化の最小説明である。すなわち「わたし」が自分に貼りついているのは、感情移入インデックスが任意にそこへ向いているからではなく、構造的にそこが最大値を取りやすいからである。逆にいえば、強い没入、夢、解離、自己喪失、臨場感の高い仮想現実、あるいは特定の神経・精神状態では、この差が一時的に縮まり、自己定位の揺れが発生しうる。

定義 自分に対して高くなりやすい理由
\(R_t(S)\) 現在状態からその対象を内部再構成できる度合い 身体感覚と内受容感覚が常時入力されるからである
\(A_t(S)\) 行為と観測が閉ループを形成する度合い 自分の意思と自分の行動結果が直接結びつくからである
\(P_t(S)\) 時間的継続性の強さ 記憶列と身体履歴がこの構造の上に累積するからである
\(D_t(S)\) 現在モデルとのずれの大きさ 他者や虚構人物は直接入力が乏しく誤差が大きいからである

8. この仮説で説明しやすくなる現象

この仮説の利点は、「自己」と「共感」を別世界の現象として扱わず、同一の変数の違う「位相」として読める点にある。通常の共感は、自己以外の対象に対して局所的に \(E_t\) が増加した状態である。物語への深い没入は、その局所増加がより強く、かつ持続的に起きた状態である。夢や解離では、自己身体への固定を支えていた観測拘束や整合性評価が乱れ、別の内部モデルが主観中心に浮上する。

ここでいう位相とは、感情移入インデックス \( E_t \) の分布と時間変化のパターンを指す。

また、本仮説は「なぜ他者の痛みを見て痛みらしきものを感じるのか」にも一つの見通しを与える。他者の痛みは、単なる外部データとしてではなく、自分の評価系の内部に近似的に差し込まれるからである。ここでは感情移入は道徳的美徳より先に、構造的能力として位置づけられる。道徳はその能力の上位利用であって、能力そのものではない[4][10][11][23]

さらに、本仮説は「自己へのこだわり」を本質視しない。自己が強く固定されて見えるのは、世界の構造上そうなりやすいからであって、自己という実体が神秘的に与えられているからではない。したがって、自己の固さも、物語・社会・技術・病理・瞑想によって程度問題として変動しうる。

これらの現象は、感情移入インデックス \( E_t \) の強度、分布、持続の違いとして統一的に理解できる。

現象 \( E_t \) の状態 内部構造の特徴 説明
通常の共感 \( E_t \) が局所的に中程度増加 他者モデルへの部分的な写像 自己以外の対象に対して一時的に重みが移る
物語への没入 \( E_t \) が広域かつ持続的に増加 仮想構造への長時間同期 自己モデルの一部が別構造へ再配置される
夢・解離 \( E_t \) が自己から別構造へシフト 観測拘束・整合性の低下 主観中心が一時的に再構成される
他者の痛みの共感 \( E_t \) が評価系に局所的に挿入 価値関数への直接写像 外部データが内部の「痛み様状態」として再現される
強い自己同一性 \( E_t \) が長期的に最大化 観測・行為・記憶の高整合 最も安定した構造へ重みが集中する
自己の揺らぎ(瞑想・病理など) \( E_t \) が時間的に変動 拘束条件の緩和 自己固定が弱まり、他構造への移行が起こる

9. それでも残る限界

ただし、この仮説は万能ではない。第一に、感情移入インデックスという概念自体が、なお説明語に見える危険がある。つまり、「なぜ主観はこの身体に固定されているのか」を「なぜ \(E_t\) が自分へ向くのか」と言い換えただけでは、まだ同語反復である。そこで本稿は、\(E_t\) を構造振動モデル上の可観測量へ分解し、再構成可能性・閉ループ整合性・継続性・誤差として下げた。それでも、第一人称的現前そのものの最終的由来はなお残る。

第二に、感情移入は通常、他者や虚構への部分的シフトとして経験されるのに対し、自己は圧倒的に中心であり続ける。この量的差がどこから来るかについて、本稿は「身体-観測-記憶-行為の結合密度」を主因とみなすが、その係数系が実際にどのような神経計算で実装されているかは今後の問題である[11][12][24]

第三に、クオリアの問題はなお独立に残る。感情移入インデックスの最大化は、「なぜこの対象が自己として機能するか」を説明する補助仮説であって、「なぜ主観的質感が伴うのか」まで自動的に与えない。この点では、説明可能な構造と説明不能な質的現前は切り分けておく必要がある[22]

本稿の限界は、大きく三つの層に分けて整理できる。

限界の種類 問題の内容 本稿での対応 残る課題
概念的限界 \( E_t \) が説明語に見える危険 振動・誤差・整合性へ分解 第一人称的現前の最終起源は未説明
量的限界 \( E_{\text{self}} \gg E_{\text{other}} \) の差の起源 身体・観測・記憶・行為の結合密度で説明 係数系の神経実装は未解明
現象的限界 クオリアの質的側面(\( Q \)) 構造と質を分離して扱う なぜ質感が伴うのかは未解決

10. 結論 ―― 自己は最も安定した感情移入先である

本稿の仮説を一文でまとめるなら、自己とは固定的実体ではなく、感情移入インデックスが現在最大化されている対象である。そしてその最大化は、身体入力、行為結果、記憶継続、更新安定性がこの構造に集中しているために起きている。したがって「なぜ主観はこの身体に固定されているのか」という問いへの本稿の答えは、「いまもっとも安定して感情移入が固定されている対象がこの自己構造だから(= \(E_t\) が最大化されているため)」である。

すなわち、自己とは \( E_t \) の時間的に安定した最大点である。したがって、この問いは「なぜこの身体か」ではなく「なぜこの構造が最大化されるか」として読み替えられる。

もちろん、これは確定理論ではなく、あくまでひとつの仮説である。しかしこの仮説には、自己・共感・没入・物語・観測者・宇宙論・構造振動モデルを一つの連続面に置き直せるという利点がある。自己は絶対的な核ではなく、主観的重みづけの安定化結果である。そう捉えることで、自己同一性の問いは、「何が同じか」という静的問題から、「なぜこの構造へ主観が張りつき続けるか」という動的問題へ移る。

その移動が正しいかどうかは、今後さらに、予測処理、自己モデル、内受容感覚、解離、仮想現実、物語没入などの実証研究とつなぎながら検証する必要がある。それでも少なくとも、フィクションの中で起きている感情移入を軽く見ず、それを自己の成立原理の模型として読むことには、十分な理論的価値がある。

以上の議論は、次のように整理できる。

要素 本稿での定義 数理表現 意味
自己 感情移入インデックスが最大の対象 \( \arg\max E_t \) 主観が現在もっとも強く結びついている構造
主観の固定 安定した最大化状態 \( E_t \to \max \)(持続) 時間的に維持される重みづけ
感情移入 対象への重みづけの移動 \( E_t(x) \uparrow \) 主観の照準が他構造へ部分的に移る
没入 広域・持続的な重みづけ \( E_t \) が広域かつ高値 自己モデルの再配置
自己同一性 構造への継続的固定 \( E_t(t_1) \approx E_t(t_2) \) 時間的一貫性の維持
理論の核 自己は安定した重みづけ結果 \( \text{Self} = \arg\max E_t \) 実体ではなく動的安定状態

注:本稿の感情移入仮説は、下記の参考文献群を踏まえて構成した試論であり、既存研究の定説として提示するものではない。共感研究、自己モデル論、現象学、宇宙論にまたがる論点を、構造振動モデルと接続し直すための仮説的配置として読むべきものである。


参考文献

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