中核仮説と構造化されたテーマの設計

本稿の目的は、昨年末くらいから書き進めてきた一連の論考が、どのような中核仮説にもとづいて構造化されてきたのかを明示し、そのうえで今後ここに記すべきテーマ候補を層構造として一覧化することにある。個別記事の内容は多岐に見える … 続きを読む

性感とクオリア

本稿は、最初から一貫して「性感」を主題として扱い、その主観的体験であるクオリアがどこから生まれ、なぜ強烈で、なぜ本物として感じられるのかを、生物学・神経科学・制御理論の枠組みで体系的に整理することを目的とする。性を文化的 … 続きを読む

クオリアとは何か

赤を見る感じ、痛みの痛さ、音の響き方のような主観的な質は、哲学ではクオリアと呼ばれる。ただし、クオリアは神経科学で一つの変数として定義された用語ではない。体験の内容、意識状態、報告可能性、自己帰属、感じそのものが、同じ言 … 続きを読む

なぜ世界は意味を持つのか

世界に規則性があることと、世界が意味を持つことは同じではない。物理法則は、ある状態から別の状態への変化を記述する。しかし、その変化が好ましいか、避けるべきか、何のために利用できるかまでは決めない。 本稿では、意味を「主体 … 続きを読む

時間はどこにあるのか

時間についての議論が混乱しやすいのは、一つの「時間」という語が、異なる説明対象を指しているためである。相対性理論が扱うのは、出来事の順序、時計の比較、観測者ごとの固有時である。量子重力で問題になるのは、時空そのものを量子 … 続きを読む

自由意志とは何か

自由意志は、行為の直前に因果関係を断ち切り、何ものにも決められずに選択肢を一つ選ぶ力として語られやすい。この定義を採ると、行為に原因があれば自由ではなく、原因がなければ偶然になる。どちらの場合も、「自分が理由に基づいて決 … 続きを読む

機械に意識は宿るか

「機械に意識は宿るか」という問いは、SF の題材である以前に、意識・自己・生命をどう定義するかを問う。しかも、この問いは単一の意味を持たない。人間と同等の機能を実現できるか、主観的経験が生じうるか、そして「私」が移ると言 … 続きを読む

時間はどこにあり、「いま」はどこで生まれるのか

「なぜ現在の私は、過去や未来の私ではなく、現在の私なのか」という問いは、一見すると同語反復に見える。しかし、宇宙全体に一つの「今」があり、その一点に自分が置かれていると考えると、なぜこの時点だけを現在として経験するのかと … 続きを読む

記述と説明の限界について

物理学と哲学は、扱う対象も、主張を正当化する方法も異なる。物理学の仮説には数式化と観測による検証が求められ、哲学の議論には概念の区別と論証の整合性が求められる。両者を同じ説明体系へまとめることはできない。 それでも、両者 … 続きを読む

粒子と時空は本当に「そこにある」のか

素粒子、時空、ブラックホールを一つの話として結びつけるとき、最も避けるべきなのは、既知の物理学から形而上学的な結論へ一足で進むことである。量子場理論が粒子を小さな固体として扱わないことと、時空が量子情報から生じることは、 … 続きを読む